藪内氏城跡(三重県伊賀市)
この城跡は、先にリポート掲載を終えた妙楽寺城跡からみれば西麓に位置しており、同じ伊賀市青山町妙楽地にあるが、名が語る様に藪内氏の居館と伝わっており、かつては「藪ノ内屋敷」とも呼ばれていた様である。個人的には先に触れた妙楽寺城とは、山頂と麓の違いはあるが、同じ山塊を共有する事からも、此方を居館とすれば山上は自ずと藪内氏詰城(山上郭)の様にも窺われたのだが、、、、当然推察の域は出ない。
城跡へはルート図の如く、「新妙楽寺橋」を渡る手前より、川に沿った畦道を利用して向えば、直ぐにでも到達可能となっている。この城跡は伊賀にあっては数多く見受けられる方形城館の一つでもあり、土塁で周囲を囲んだ定番中の定番とも言える縄張りを持つ城跡でもあるが、比較的規模は大きく(50m近い)、一部北側の土塁の崩落は見とめられるが、未だ四方に土塁がそのまま現存している事からも、貴重な城跡と目には映った。現状遺構として判別確認出来たものは、土塁虎口、土塁外壁の周囲に巡らした空堀、空堀の仕切りとなる土塁(石積みが見受けられた)などであるが、中でも東に備わる土塁虎口は大型でもあり、状態の良い空堀と並んで見応えも感じられ、一番目を引くものの様には思われた。方形居館跡の東西にも付随するそれらしい削平地、あるいは溝状ではあるが堀切跡の様にも見て取れた地形が存在しているが、恐らくこれらも当時の遺構としてまず間違いのないものの様には見受けられる。
現状(10月)屋敷跡は自然任せの荒れ放題となっており、城跡の周辺は竹林地あるいは雑木藪となっているが、他の伊賀における丘陵上にある居館跡を思えば、随分ましな部類に入り、ある程度敷地内の全体像が窺える事、あるいは周囲を巡る土塁も、部分的には良いものが拝め、更に内壁高低差も充分見て取る事が出来るので、比較的見学し易い状態にあると言っても良いものとは思われる。
この地域(勝地から妙楽地にかけて)には既にリポート掲載を終えた新氏城、松田城、甚二郎城、妙楽寺城と、比較的コンパクトな城跡が数多く現存している様には見受けられたが、個人的に何の予備知識もなく、偶然訪れた松田城は文献などには記述も無く(公的資料には載っているのかも知れないが、、、)、まだ多くの砦跡あるいは城跡がこの地域には眠っている様にも思われる(所在はルート図には記したが、遺構としての確証は得られず)のである。まだ未訪の方には、山城巡りの一環として、上記の城跡を併せた同日訪問とすれば、より充実した山城巡りが出来るようには感じられたが、、。




































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































