伊賀宮山城跡(三重県伊賀市)
城跡は三重県伊賀市馬場にあって、陽夫多(ヤブタ)神社直ぐ背後の低山の山上に位置しており、現在この山上では古墳も多く目にする事が出来、神社からは古墳見学も含んだ案内板及び見学し易い遊歩道が設置されている。宮山城自体は一城を指すものではなく、現地案内板あるいは案内パンフには記載されているが、宮山1号城から3号城まで三城が分かれて東西に渡る丘陵上に位置しており、各々に城主は不明、更に城にまつわる伝承も残されていない事から、区別する為に三城を数字で示したようには感じられた。
伊賀の城跡の多くは、土塁で周囲が覆われた館城であり、この宮山三城もその中の一つにはなろうが、見る限り山上は起伏も無く、三城の間はほぼフラットな状態であり、この丘陵上も全て城域として機能していたものの様には窺われた。ちなみにこの地域が馬場となっている事からも、山上は規模の大きい馬場跡であったような気がしないでもない。案内板には信長による伊賀侵攻の際に築いた、陣城の可能性があるように記載されてあったが、この土塁に囲まれた郭跡は、紛れも無く定番とも言える伊賀の城跡の縄張りプランであり、仮に織田軍の陣城だとすれば、城を落とした後に山上を陣城として利用しただけのものとも思えるのである。
城跡へは陽夫多神社を目指せば難なく辿り着けるが、遊歩道進入口は社殿背後となっており、そこからは古墳見学ルート(城跡見学も兼ねる)に従って歩けば、3号城(ここまで5分)から一番西側に位置する1号城までの城跡遺構は、案内道標もあるので見落とす事無く見て回れるはずである。
現状(10月)城跡はほどよく整備されているので、歩き易く見学し易い状態にあり、全てとは言わないまでも、各々に備わる遺構はほぼ判別確認可能な状態にある。三城の中では一番規模の大きい1号城が最も見応えがあり、堀切より更に西端までは藪地である為に踏破出来なかったが、高低差のある土塁、状態の良い空堀といった具合に、充分目は楽しませてくれそうには思われた。2号城は少し小規模ながらも1号城と同様に土塁周囲には空堀が巡らされており、3号城は恐らく当時は土塁で覆われていたとは思われるが、僅かにその痕跡を地形から窺う事が出来た。この郭跡には周囲全てを覆っている訳ではないが、東西に随分埋もれた空堀の痕跡も残っており、東端にある古墳も物見として縄張りに取り込まれていたようにも窺われた。個人的に目に留まった遺構は概念図に記したが、丘陵上の西端まで踏破した訳ではないので、遺構もこの限りではないのかも知れない、、、 見学し易い事からも、古墳群も含めた史跡としての訪問、あるいは城跡としての訪問、どちらにしても充分お薦め出来る城跡の一つであるようには目に映った。











































































































