大村城跡(京都府南丹市)
この城跡は京都府南丹市園部町城南にあって、自分流の何時もの好奇心において、地図上からも外見からも、城跡の佇まいを前から感じていたものであり、まして城跡としても好立地条件下にある事からも、何時か機会があれば山上を覗いて見たいと思っていた。今回は口丹波周辺の山城探索の一環としてやっと訪れる事になったが、幸運にも山上で城跡遺構はもちろん、予想もし得なかった状態のよい山城遺構と巡り合える事となった。
下山後、色々な資料から、あるいは外部情報から得た中で、この山城は自分の中ではずっと所在地が謎のままで、ずっと探し続けていた山城の中の一つでもある、大村城跡とやっと今判明に至らす事が出来た。文献、資料などで存在は充分認識していたのだが、所在地が今まで定かではなく、長年に渡って不明山城として自分の頭の中では整理されていた。当時の記録としては、室町期に田中河内守によって築かれた城跡で、丹波攻略軍である明智氏の軍門に下ったされるだけが、現状唯一外部から得た情報でもある。それにしても、長年山城巡りをしていれば、偶然ではあるが、こういったラッキーな事も舞い込んで来るのだと、改めて山城と巡り合えた余韻に浸るのである。(個人的には城跡遺構より、偶然見つけた喜びの方が断然大きい)
城跡へはルート図の如く、県道477号より城跡取り付き地点とした「青松禅寺」を目指せばよいが、位置的には園部城跡の南西側にあたる丘陵上にある。車は寺院の駐車場に預ければよいと思われるが、寺院内の墓地最奥最上段の背後を直登で上り切れば、直ぐにでも便宜上の東郭群が迎えてくれるはずである。後は概念図に示した様に、踏み跡程度の山道が尾根上まで繋がっているので、道に任せれば直ぐにでも主郭までは到達出来よう。
現状(11月)城跡は冒頭に触れた様に、山城としては藪化までは至っておらず、見学し易く見通しもある程度利くので、非常に見て回りやすい状態にあり、遺構としての複雑な地形も目に留まらなかった事からも、全ての遺構は判別確認可能な状態にある、と言っても過言とは思えないものである。見所を挙げれば、主郭背後の土塁を伴う空堀とそれに付随する土橋(状態が良いので一見の価値あり)、主郭東側壁の武者隠し的な空堀、北出郭側の巨大空堀と、遺構は目白押しではないものの、充分目は楽しませてくれている。外見から窺うにはさほど急峻な様相には見えなかったが、山上郭群から下を見下ろせば、相当な急峻さを感じ取る事が出来、便宜上三の丸とした郭壁を下から見上げれ(20m以上の高低差)ば、ほぼ全体像が窺える事からも、この山城の醍醐味は充分味わえる様には感じられた。個人的に思い入れの強い山城ではあるが、まだ未訪の方にも是非お薦めしたい城跡の一つには数えられる。
































































































