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2014年10月23日 (木)

TAKUより重要なお知らせ

TAKUです、およそ6年間に渡って近畿圏内における山城情報(約1100城)を発信して来ましたが、ここにきてブログでのサーバー許容量が残り僅かとなり、このままブログを更新し続ける事が困難な状況となってしまいました。もちろん書き込みコメントを受け付ける程度の余裕は持たせてありますが、これからの更新は続編として準備予定のある、ブログ闘城賛歌(トウジョウサンカで発信させて頂きたいと思います。

サーバーが変わる事から、当ブログでの編集パターンやレイアウトに慣れ親しんで来られた方々には多少戸惑いもあるかも分かりませんが、「山城賛歌」における趣旨、あるいはスタンスは今まで通りそのまま受け継がさせて頂きたいと思います。尚、ブログ「闘城賛歌」でのハンドルネームはTAKUを改め闘城鬼(トウジョウキ)と名を変えて、新たな気分で山城に挑み続けて行く所存です。

尚、編集方法や使い勝手がブログによって多少異なる為、少しウォーミングアップ期間を設けましたが、ブログ「闘城賛歌」における最初のアップは11月初旬頃を予定しております。それまでは当ブログが城跡巡りのアシストとしてお役に立ちたいと思います。

ブログ読者の方々並びに山城ファンの方々には、これまで多くの山城情報あるいは励みとなるコメントを頂戴して来ましたが、自身のモチベーションを維持していく上においては心強くもあり、大きなアシストと成り得ております、当ブログをきっかけとして、初めて城跡巡りの楽しさを味わった方々も少なからずおられる事と思いますが、「闘城賛歌」で再び山城巡りの楽しさを味わって頂ければ幸いです。自身今まで「山城賛歌」はマニアックな男性城跡ファンの方々だけが対象のブログと勝手に決め付けていたのですが、昨今「歴女」なる読者の方も増えているようで、非常に満足のいく結果となっております。単独で女性が山城を訪れるには少し抵抗があるやも知れませんが、無名に近い城跡でありながら登山道の設置された山城も少なからずあります。この現況リポートによって上り易い登山道のある城跡を吟味して頂き、更にグループで示し合わせて訪れるのであれば、不安も解消されて一層楽しめるのではないでしょうか、、、

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コメント

初めまして。
因幡在住にて、主に因幡・伯耆の城を中心に活動している者です。
アメーバブログにて「山城攻略日記」なるブログを書いています。
最近、但馬の城へも行き始めたのですが、ブログにて城跡の説明をする時に図があった方が分かり易く…
よろしければ、そちらの図を引用させていただけないでしょうか?

TAKUです、藪レンジャーさんコメント拝見させて頂きました。もちろん始めて「山城攻略日記」も拝見させて頂きました。
その上で敢えて先に結論から申し上げれば、「ノー」という結論に達しました。
今まで過去二回ほど私の描いた概念図をお貸しした記憶があるのですが、一方は郷土の誇りとなる城跡の紹介として、もう一方は大学のサークルで使用したいとの事でお貸ししました。両者共に山城賛歌の趣旨に外れるものではなかった事から、快く快諾させて頂きましたが、今回快諾できなかった理由は、利用目的が山城賛歌の趣旨から少し外れるからと思って頂ければよいかと思います。他にも様々な理由があるのですが、どうかご理解頂ければ幸いです。たかだかイラスト程度の貸し出しで、、、とお思いかも分かりませんが、この概念図は縄張り図と呼べるものではなく、自身が踏破した範囲の中だけで、遺構を判別確認した結果を盛り込んだもの、稚拙なイラストではありますが、自身の責任が投影されたものでもあるのです、、、この事もどうか含めてご理解願えれば幸いです。それから山城賛歌へのリンクは、今まで通りでよろしいかと思います。
どうかこれからも城跡巡りを楽しんで下さい。

わたくし伊賀市老川、五日城跡の麓に育ちまた廃校に成っております、博要小学校・矢生中学校の卒業生です 御氏の山城賛歌・闘城賛歌見させていただき大変感銘いたしました わたくし達の母校の裏山が城跡であったことは
先生も教えてくれませんでした 年を重ね大阪に住み
御氏の城跡リポートを拝見し、五日城麓・奥ノ谷城跡近くに山林・畑を所有しておりますが いずれも城跡であったことすら思いも寄りませんでした 五日城跡下は、じょやまという地名で呼び、奥ノ谷はおくだにと呼んでおりました さてこの度、趣味の映像作成で、天正伊賀の乱と故郷の老川・種生の城跡を作成しました いずれもインターネット上の資料で、御氏の山城賛歌のスチール写真、レポート(横流れスーパ)も、御氏のタイトルのままタイトルを山城賛歌・闘城賛歌 後スーパーにも山城賛歌インターネットと入れております 自分で楽しんでいたのですが 知人が博要地区市民センターでも 鑑賞して貰ったら!と意見がありましたが そこで著作権の問題があろうかと思い、作品をお送りしてご判断を仰ぎたくコメントさせていただきました  

追申 映像 伊賀の乱・山城賛歌・闘城賛歌、総集編の最後に この映像は著作権のあるものが含まれています 複製及びインターネット(アップロード)等しないでください 尚 営利を目的としない 非売品す と スーパータイトルを入れております 地元限定鑑賞目的で ネット配信は絶対にいたしません 対処法をお待ちします 

TAKUです、坂口様ご返信遅れて恐縮です。
コメント拝見させて頂きましたが、今回の件、地域の皆様で楽しむといった趣旨、それと共にご丁寧な利用説明まで添えて頂き、感激致しました。
どうぞご自由に利用されて結構です。私としてはむしろ光栄に思う次第です。
私の生まれ育った小学校も、御氏の卒業された博要少学校同様、数年前とうとう廃校となりましたが、今では滅多に眼にする事の出来ない、木造の学舎に郷愁を誘われ、未だにあのノスタルジックな風景が忘れられないでおります。
城跡巡りも含めて、何時の日かこの老川地区には再訪したく思っておりますが、今回の件では、少しでも地域の皆様のお役に立てればと願う次第です。
地域のご発展とご繁栄を、心より願っております。

TAKU様,早々にご理解ご快諾いただきまして誠に有難うございます、小竹城堡跡周防守が同級生であることも今回知ることができました、後は天正伊賀の乱で神社仏閣、多くの郷土先人が僧侶を含め3万人以上も犠牲になった表現に NHKエンタープライズの(忍びの里)の1分以内の動画を挿入しており、承諾を得られるかが、問題となります、【この映像は郷土歴史教育の一環として作成したものです】の文言も入れましたが承諾頂けるかが課題となります、この度のご承諾に心より深く感謝御礼申し上げます。

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