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2014年9月 8日 (月)

伊賀の士豪等が立て篭もった山城 雨請山城跡(三重県伊賀市)

城跡は三重県伊賀市下友田にあって、標高268mの「雨乞山」山頂に位置している。城史に関しては、伊賀の乱においてこの山を詰め城として、一族や近隣の士豪と共に立て篭もった山内氏の活躍が伝わっているが、その後の詳細は不明

城跡を阪神側から訪れるには、名阪国道「下柘植」ICが最寄の乗降口となるが、そこからは133号線に進入して北上すればよい。ルート図中にある鞆田橋から673号線へ左折すれば、今回車を預ける事になる集会所までは直ぐの距離にあるが、その駐車場の片隅には登山道を示した案内板が掲げられているので、それに従えば迷わず山頂までは辿り着ける筈である。ちなみにルート図中に示した山内氏城(居館跡)のリポートはこの後になるが、直接山頂を目指すのであれば、15分程度の所要時間と思って頂ければ良いだろう。

1route2登城ルート

9登山口

2_1山頂案内説明板より

3_s城跡概念図




城跡の形態は、山上本郭群だけを記した概念図を参考にして頂きたいが、山頂を主郭として東側に郭を六段程度重ねたものであり、その本郭群両端、あるいは郭間に空堀の類は施されてはいないようである。土塁は痕跡程度のものを主郭東端で確認出来るが、造成整地後の残土とも見受けられるものであり、これは見学者の判断に委ねられるだろう。切岸は東郭群における郭境、あるいは側壁で状態の良い明瞭なものを拝めるので、遺構見学とすれば何とか面目は保たれると言ったところか、、、、尚、登山道を少し外れた二箇所の東尾根(ルート図参照)では、居館跡とも推察される土塁の施された広い郭跡(画像に注目)、更にその直ぐ南側尾根では、切岸跡の明瞭な砦跡(東出郭)を眼にする事が出来るので、この山城の本質を究めたい方には、道中直ぐの距離にあるので、ついでにそちらまでは足を延ばして頂きたいと思うのである。

11_sita_kyokan土塁の施された居館跡か見所

14_higasi_demaru_1東麓出郭切岸

22_higasi_dankaku_gun_226_kaku_2山上東郭群

25_sokuheki切岸見所

33_shukaku


主郭



現状(六月)城跡は、山頂に史跡としての案内説明板が備わっている様に、史跡見学としては、それなりに見て回り易く整備された状態にある。恐らく四季を通して見学し易い状態は維持されているものと察せられるが、山上を削平しただけに終わっている城郭に、縄張り妙味までは求められず、山城ファンの方にとっては残存遺構に過大な期待を持って臨まない事が肝心となるだろう、、、城跡を個人的に評価するのであれば、遺構見学とすれば随分味気ない気がしないでもないが、当時に思いを馳せることの出来る城郭遺構が、軽い山登りで楽しめる事、切岸の醍醐味には触れられる事、見通しの利く山頂に佇めば充分臨場感は味わえる、あるいは登山道で迷わず登れる事なども理由にすれば、少ない材料ではあるが、史跡ファンの方も含めて充分薦め出来る山城の一つと言えようか。山城ファンの方に限れば、先に触れた山内氏城と併せた城跡巡りは是非お薦め!

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