山頂には僅かな石積み跡が、、桐野城跡(兵庫県豊岡市)
城跡は兵庫県豊岡市出石町桐野にあって、標高約148mの低山山頂に位置している。城史に関しては、既にリポート掲載を終えた高生田(タコウダ)城主でもある、山名氏家臣福富甲斐守の居城が伝わるが、福富氏が高生田城を攻め落とす前に居城としたのがこの城だと伝わっている。氏は勇猛な武将として名を馳せているが、高生田城を秀吉によって攻め落とされた後の消息は定かではない。
城跡概念図
現状(八月訪問)、近年マニアックな山城ファンの方しか入山した事がない(推察)状況の山城にしては、それなりに誇れる状態(郭跡のみ)にはあるが、当然その四方斜面上は自然任せの藪化が進行している。踏破探索した中で目に留まった遺構は、全て概念図には記したつもりだが、それは本郭群周辺だけだと思って頂きたい。ちなみに自身が踏破した範囲内に堀切は施されていなかったが、未踏の地(南北の枝尾根)には刻まれていたのかも知れない、、、見所と言えるものは、堆積物の異様に少ないほぼフラットな郭跡、及びその鋭角に削り落とされた高低差を伴う切岸跡、自然地形に任せて削平されたとはいえ、鶴翼の陣の如きユニークな縄張り形態、郭壁随所に窺われる石積み跡は挙げられよう。規模は流石に福富氏の居城らしく、山上における郭占有面積は大きく、比較的大きい部類に入る山城と言っても良いかも知れない。

郭3 石垣跡見所
城跡を個人的に評価すれば、本郭群だけに関しては見学し易く充分誇れる状態にある事、草木の蔓延らない生々しい見事な切岸(高い!)、先に触れた石積み跡、遺構残存度が高く(推察)ほぼ無名に近い山城としての希少性、あるいはこの後リポート掲載予定の、東城(出城か?)まで含めた遺構見学とすれば、間違いなく是非お薦め出来る山城の一つという事にはなるだろう。
城跡を訪れるには、まず国道426号線に進入することが先決となるが、出石町寺坂付近から城跡に至るまでの道程は、登城ルート図を参考にして頂きたい。城跡から見て国道沿いの東西にある橋を渡ってからは、ルート図における赤ラインを辿れば難なく直登口(画像に注目)までは辿り付けるが、西側の橋を渡って向かう場合は、直ぐ麓まで車で乗り付ける事が可能となっている。そこから山道に沿って少し奥に入れば、右手斜面のどこから取り付いて上っても、藪漕ぎなしで15分程度あれば本郭群まで辿り着ける筈である。
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