佐織城跡(京都府舞鶴市)
城跡は京都府舞鶴市下東にあって、登城ルート図を拝見すればお分かり頂けるように、既にリポート掲載を終えた丸田東城から見て、由良川を隔てた真東側の低丘陵上先端部に位置しており、中山城も含めた三城の位置関係は、なぜか正三角形の構図を形作っている。城史に関しての詳細は不明だが、直登取り付き地点とした集合墓地の中に佐織氏の墓石があった事を思えば、一色氏家臣の中に佐織氏も名を連ねていたのかも知れない、、、当然推察の域は出ないが。
城跡を訪れるには、先に触れた丸田東城を起点とすれば分かり易いので、城跡付近までのアクセス方法は割愛させて頂くが、571号線と平行して走る北キンキ丹後鉄道高架下を潜って直ぐの場所に、今回登城取り付き口とした集合墓地はある。そこの最奥最上段にある墓地背後より山上を目指して上る事になるが、藪漕ぎもなく10分前後で辿り着けよう。
城跡の形態は概念図を参考にして頂きたいが、小規模な主郭を頂点として尾根上三方向に郭は張り出しており、唯一の空堀とも言える堀切は、主郭背後となる南尾根側に施されている。この堀切が城跡にあっては唯一見応えのある見所遺構という事になるが、郭を形成する切岸跡なども充分醍醐味を味わえる筈である。
現状(11月)城跡は、多くの堆積物(全て落葉)や低草木、あるいは下草で地表も露見していない箇所が多く、地表風化が更にそれに追い討ちをかけており、郭移動に差し障るまでには至っていないものの、主郭周辺に限って言えば、郭構成やその形状などは外見から非常に読み辛い状態にある。よって概念図に示したものは、推察及び自身の想像をある程度含めたものと思って頂きたいが、縄張り妙味の感じられる城跡ではないので、過大な期待を抱いて臨まない事が肝心とは言えるだろう。これを機に訪れる用意のある方には、由良川沿いに数多く築かれた城跡の遺構見学の一環とすれば、何とか訪れる理由も生まれて来るのではないだろうか、、、
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