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2012年11月

2012年11月27日 (火)

蒲江大田城跡(京都府舞鶴市)

城跡は京都府舞鶴市蒲江大田にあって、先にリポート掲載を終えた蒲江城から更に南下した地点にあり、低丘陵上の先端に位置している。この山城も由良川沿いに数多く築かれた山城の中の一つであるが、蒲江城を始めとした他の山城と同様に、出城の域は決して出ない砦規模の城跡といった事になろうか、、、城史に関しての詳細は不明

城跡を訪れるには、先に触れた蒲江城を起点とすれば所在位置も分かり易いが、蒲江集落から更に571号線を数百m南下すれば長い直線道路となる、その中央付近の二番目の踏切?を目印として目指せば、今回車を路駐する事になる踏切手前の広い路肩は直ぐ目に留まる筈である。そこから直登取り付き地点(画像に注目)まではルート図の赤線を辿って頂きたいが、そこからそのまま山上を目指して上れば、藪漕ぎもなく迷わず主郭までは辿り着ける筈である。ちなみに踏切からは15分程度

1route 登城ルート

5 取り付き地点

3oo 城跡概念図

城跡の形態は、コンパクトにまとまった縄張りであるが故に、ほぼ概念図に描いたものに近いと思って頂いても差し支えないと思うが、目測全長30m前後の主郭に帯郭を付随させ、その尾根両端を堀切で断ったシンプル極まりない構造となっている。見所遺構としては郭背後を断つ明瞭な土橋付き堀切、あるいは南斜面側における切り立つ切岸といったところになるが、東尾根を断つ堀切は堆積物(落葉)に埋もれて明瞭なものとはとてもいえないので、見応えまでは望めないだろう。縦堀に関してはそれらしいものを一箇所確認する事が出来たが、自然地形の可能性もあるので、訪れた方自身で判断して頂きたい、もちろん木々の多く蔓延る全ての斜面を覗いた訳ではないので、空堀(縦堀)に関してはこの限りではないものと思って頂きたいが、形態を考えてもそう多くは望めないような気がした。

7_horikiri_1 落葉で埋もれた北堀切

10_shukaku_heki 主郭東切岸

12_shukaku_1 主郭の現状

20_tatebori_1 縦堀

13_shukaku_heki 主郭南切岸見所

15_horikiri_dobasi 土橋付き堀切見所

16_karabori_1 空堀見所

現状(11月)城跡は多くの木々やシダが蔓延り、堆積物によって地表の露見している箇所は限られてくるが、藪漕ぎ移動までには至っておらず、概念図に示したまでの遺構は全て判別確認可能な状況にあると思って頂いても良いだろう。ただしその全貌が窺える見通しの利く状況にはないので、狭い縄張り内を歩き回る事は余儀なくされるが、、、個人的に城跡を評価すれば、蒲江城からもほど近い距離にあり、二城同日訪問とするのであれば山城巡りとしての効率も良く、充分お薦め出来るかも知れないが、規模や状態は絶対問わない事が肝心。後世人の手が加えられたと察せられる(山林作業用山道として)土橋は今まで数多く眼にして来たが、この当時のままとも察せられた土橋付き堀切は、充分見学する値打ちありと見た!

2012年11月23日 (金)

蒲江城跡(京都府舞鶴市)

城跡は京都府舞鶴市蒲江(カマヤ)にあって、標高約140mの山頂に位置しており、その西麓には山王神社が鎮座している。城史に関しての詳細は不明

城跡を訪れるには、由良川沿いを国道178号線と平行して走る571号線に進入する事が先決となるが、今回登城口とした蒲江集落の「山王神社」を目印として目指せば分かり易いだろう。その直登取り付き口は、山王神社の摂社となる「稲荷神社祠」からとなるが、その背後より山頂を目指して上れば、藪漕ぎもなく20分程度で辿り着ける筈である。

1route_2 登城ルート

6_2 直登取り付き口

2kamaya 城跡概念図

城跡の形態は概念図を参考にして頂きたいが、山上本郭群における藪化はまだしも、堆積物や侵食による地表風化は相当進行しており、主郭や帯郭に関しては形状も掴めず、描いたものは自身の推察も含めたものと思って頂きたい。取り合えずその中で判別確認可能なものは全て概念図には示したつもりだが、郭跡を除けば本郭群両端に施された片側に縦堀を伴う二本の堀切(主郭背後の堀切は明瞭な土橋付き)、狭小段郭群における切岸といった事になろうか、、、

12_horikiri_1 縦堀を伴う薄い堀切見所

31_shukaku_gawa_2 南段郭群の切岸

30_shukaku_gawa 主郭下段

26_karabori_dobasi_1 明瞭な上り土橋見所

27_karabori 縦堀見所

現状(11月)城跡は植林地にある事もあって、先に触れたように藪化までには至っておらず、移動に差し支える事も無く探索し易い状況にあるが、地表風化は相当進行しており、二箇所に施された空堀(縦堀も含む)は相当薄くなっており、切岸も曖昧なもので鋭角なものは拝めず、見応えまではとても望めないかも知れない。城跡を個人的に評価すれば、規模も小さく遺構の見応えには随分欠けるが、当時の祖形は失われず手付かずのまま現在に至ったものとすれば、史跡としての値打ちは非常に高いものであり、楚々とした山城の風情だけは充分味わえると思われた事から、これを機に臨まれる用意のある方には、是非このニュアンスを汲んで臨んで頂きたい。山城ファンの方に限れば充分お薦め出来るが、、、

2012年11月20日 (火)

丸田東城跡(京都府舞鶴市)

城跡は京都府舞鶴市丸田にあって、由良川に向いて突き出した低丘陵上先端部にある。築城環境から考慮するのであれば、由良川を水路とした場合の監視用砦といったところになろうが、縄張りプランや普請における労働力を察すれば、充分砦の域ははみ出た城跡の一つ、といったところになろうか、、、。城史に関しての詳細は不明

城跡を訪れるには、由良川小学校あるいは国道178号線「丸田東」交差点を目印として目指せば分かり易いが、ルート図に示した集合墓地に駐車スペースは確保出来るので、そこから墓参道に任せて尾根上を目指せば、かつての大堀切跡(推察)までは迷わず辿り着ける筈である。ちなみに集合墓地からは5分内で

1route 登城ルート

5 進入経路

3 城跡概念図

城跡の形態は概念図を参考にして頂きたいが、縄張りプランにおいてはごく一般的な山城の域は出ておらず、地形に任せて郭を削平し並べただけに終わったものであり、目に留まる遺構も、郭跡を除けば切岸跡、痕跡程度の空堀跡(堀切)と数も限られてくるが、高低差を誇る状態の良い切岸だけは、充分見学に値する城郭遺構と自分の眼には映った。尚、主郭南端部から便宜上の三郭にかけては、鉄塔撤去工事あるいは道路拡張工事によって遺構は一部消失したものと察せられたが、そのリサーチまでには及んでいないので、郭跡を含めた歪な地形から、自身が推察したものと思って頂ければ有り難い。

6 かつての堀底道か?

10_karabori 空堀見所

10_karabori_heki 二郭北切岸見所

15_2kaku_yori_shukaku_heki_1 二郭より主郭切岸

16_shukaku_higasi_heki 主郭東壁

17_shukaku_2 主郭の現状

現状(11月)城跡は、蔓延る木々は比較的少なく、それなりに見通しが利く事から縄張りは掴み易く、更に遺構の判別確認も容易く、見学し易い状態が自然維持された状態にあると思って頂いても良いだろう。個人的には高低差を伴う切岸、あるいは麓に向いて落ち込む切岸に遺構としての醍醐味を感じたが、空堀に関しては長年の堆積物によって相当深さが失われており、見応えを感じるまでには至れなかった。5分内で辿り着ける圧倒的お手軽感を思えば、充分お薦めの城跡といった事になろうが、縄張り妙味までは決して望まない事が肝心!

2012年11月17日 (土)

八上城の支えとなる山城 法光寺城跡(兵庫県篠山市)

城跡は兵庫県篠山市殿町にあって、波多野氏の拠った八上城(本城)からみれば、直ぐ西側に隣接する、標高約344mの山頂に本郭群を構えたものであり、その出郭あるいは城砦とも呼べる郭群は、ここより更に北端尾根に至る痩せ尾根上に分散展開されている。その尾根上で明確にそれと分かる切岸跡の残る郭群を四箇所確認する事が出来るが、法光寺城案内説明板に記述があるように、東西の枝尾根上に展開される郭群まで含めれば、合計六箇所に分散した郭群で成立した城砦と言えるのかも知れない。城史に関しての詳細は「現地案内説明板」をクリックのこと

2_3 現地案内説明板より

城跡を訪れるには、山城ファンを自認する方であれば、ほとんどの方が既に訪れていると思われる、八上城跡を起点とすれば一目瞭然とも言えるので、城跡までのアクセス方法は割愛させて頂くが、ルート図に示した公民館に車を預けた後は、国道を隔てた側にある神社入り口(法光寺城案内説明板がある)より神社まで向えばよい。社殿からは左手側斜面に取り付き、斜面を左側へ回り込む形で上れば、直ぐに獣避けフェンスに沿う形の空堀道(山道)と合流出来るが、それに任せて上れば、迷わず便宜上の北郭1には辿り着けよう(10分程度)。更にフェンスに沿う形でそのまま痩せ尾根上を移動すれば、本郭群までは30分程度で辿り着けるだろう。

1route 登城ルート

5 登城口

3 城砦群概念図

  痩せ尾根上に展開される本郭群も含めた四郭群の形態の説明は、記述すれば限がなくなる事から、便宜上の北3郭を除けば概念図を拝見した上で判断して頂きたいが、遺構見学として一番判別し易く期待の求められる空堀は、直ぐそれと分かるものを二箇所記したが、本郭群北斜面に施された痩せ尾根地形を土橋として利用した、片側が谷に向いて落ち込む豪快な縦は、充分見学者の期待に応えてくれるものと自分の眼には映った。四郭群共に明瞭な切岸跡は窺えるが、高低差を伴うものではなく、堆積物を含む長年の地表風化によって、見応えには余り期待出来ないかも知れない、、、尚、北郭3の形態に関しては、移動尾根道に沿う形のフェンスが郭内部を通過していない為、状態が非常に醜く、地表風化や藪化がそれに更に追い討ちをかけており、郭形状までは掴み切れなかったが、明瞭な切岸跡や土塁らしき痕跡が窺えた事だけはお知らせしておきたい。

3_1

北郭1及び北郭2の概念図

11_kita1 北郭1

15_kita1_shukakuheki_1 北郭1切岸見所

19_horikiri_dobasi 土橋付き空堀

20_kita2

北郭2切岸見所

23_kita2

北郭2

 

3_2

本郭群概念図

30_dobasi_horikiri 31_tatebori_1 土橋付き縦堀見所

個人的には再訪を果たした形になった山城の一つでもあるが、数年前までは施されていなかった、高さ2m近い獣避けフェンスのお陰で、郭内部も尾根上も東側斜面に移動する事は叶わず、そちらの残存遺構に関しては全く覗く事が出来なかった。城跡の古い形態や縄張りプランから察しても、そう多くの遺構に巡り合えそうには思われなかったが、これを機に訪ねる用意のある方には、是非この状況を把握して臨んで頂きたい。城跡を個人的に評価すれば、城郭遺構に縄張り妙味や見応えは望めそうにないが、八上城の本質を探る上では、決して避けて通れない山城とも言えるので、当然お薦め出来る城跡という事にはなるだろう。探索冥利に尽きる山城の一つ!

2012年11月13日 (火)

八上城付城の一つ 野間砦跡(兵庫県篠山市)

城跡は兵庫県篠山市野間にあって、ほぼ独立した丘陵上最高所に位置しているが、先にリポート掲載を終えた塚ノ山砦と同様に、八上城と篠山川を隔てて対峙した付城の一つ、勝山城(消滅)の支えとなる砦跡と解釈すればよいものとは思われる。

城跡を訪れるには、先に触れた塚ノ山砦を起点とすれば一目瞭然の位置にあるが、702号線沿いからも窺える案内道標、「鎮守の森公園」が城跡への一番分かり易い入り口となる。現在下草でその周辺は覆われているが、遊歩道に従って上りさえすれば、数分で山上本郭群へは辿り着ける筈である。702号線沿いに充分駐車スペースは確保出来るが、そこから塚ノ山砦を目指して歩いても数分の距離にあるので、二城同日訪問は充分お薦め出来るだろう。尚、城跡西にある「玉照院」側からも遊歩道が敷設されているので参考までに、、、

1route_1_2 登城ルート

6 遊歩道入り口

現状(10月)城跡は、遊歩道から少しでも外れれば下草や低草木で全て覆い尽くされた状にあり、遺構見学としては非常に困難を極める状況となっている。もちろん遊歩道に任せて歩くので移動に難渋する事はないが、そのお陰で今回は郭形状はもちろんの事、その縄張りも掴み切れず、概念図を描き切るまでには至れなかったが、その中で何とか目に留まった遺構だけをここで紹介させて頂く。

まず道標から先に進んだ地点で直ぐ目の当たりにする事の出来る、約5mの高低差を持つ南郭切岸、規模の大きい南郭(通歩道で通過して来た箇所)と主郭の境に堀切跡(画像に注目)、丘陵上で唯一地表の大きく露見した小規模な主郭(画像に注目、10m規模)と、その北背後で土塁の付随した縦堀に繋がる空堀跡、玉照院側斜面に施された帯郭、東側に突き出した形の削平の甘い東出郭、これらが取り合えず今回判別確認出来た遺構群と思って頂ければ良いが、空堀に限っては何れも下草で覆われて、その全体像は窺えない状態にあるので、縄張りにおける必然性を含めて、自身の推察を加味したものと思って頂ければ有り難い。尚、主郭北側斜面は陣城としての形態上余り期待が持てず、踏破探索するまでには及ばなかったが、残存遺構も上に記しただけでは終わらないのかも知れない、、、

8_minami_kirigisi 南郭切岸

12_minamikaku_2 南郭

14_obi 西側帯郭

15_tyuuou_horikiri_1 中央南堀切

17_shukaku_heki 最高所本郭群

18_shukaku 主郭内

21_dorui_karabori 土塁の付随した空堀

城跡を個人的に評価すれば、遊歩道が敷設されているので、非常に訪れ易い城跡の一つとは言えようが、現状の低草木で全体が覆い尽された状況を思えば、臨場感を味わう程度、あるいは戦国ロマンに浸る程度と割り切った訪問が必要と思えたのである。もちろんこれから先、鎮守の森公園に相応しく低草木が伐採され、更に庶民の憩いの場として生まれ変わるのであれば話しは別になるが、、、そうなれば充分遺構見学としても期待は持てるし、是非それに期待したいところではある。

2012年11月10日 (土)

八上城付城の一つ 塚ノ山砦跡(兵庫県篠山市)

城跡は兵庫県篠山市野間にあって、現在ゴルフ場となって城郭遺構の消滅した勝山城の直ぐ西側に隣接した丘陵上に位置している。この勝山城は明智光秀の陣城として伝わっているが、この塚ノ山砦も八上城を包囲する形で数多く築かれた陣城の一つとして考えればよいのだろう、、、

城跡を訪れるには国道372号線、あるいは702号線を経由して青山GC を目指せば分かり易いだろう。702号線沿いからの進入経路は概念図(画像)に示したので参考にして頂きたいが、畑地まで辿り着けば下草の蔓延る山道(堀底道)がかつての堀切まで繋がっているので、迷わず辿り着ける(数分)だろう。

1route_1

登城ルート

8

堀底道(進入経路)

3t 城跡概念図

城跡の形態は概念図を参考にして頂きたいが、本郭群最高所においては、古墳の墳丘を利用したと思われる櫓台と察せられる土塁郭、更に主郭南北には空堀(一部縦堀も含む)の痕跡が窺われ、便宜上の二ノ郭南端には明瞭な堀切(縦堀に繋がる堀底道)が施されている。この空堀は東斜面側が道路造成拡張工事の為に失われているが、数少ない残存遺構の中にあっては、唯一眼を楽しませてくれるものとみた。他の二本の空堀に関しては明瞭さに欠ける為、自身の想像と推察を含めたものと思って頂きたいが、数多く遺構に接して来られた方なら、何とか判別確認出来るかも知れない、、、、

9_minami_horikiri 南端堀切見所

15_yagura_heki_1 櫓台

18_shukaku_kitagawa 主郭北側

19_karabori_shukakugawa 北より櫓台

22_kita_maundo_1 北郭群

現状(10月)城跡は藪化進行中にはあるが、見学に差し支えるまでには至っておらず、それなりに見通しも利き、動き回り易い状態が自然維持されている。個人的に城跡を評価すれば、次にリポート掲載予定のルート図に示した野間砦と併せた同日訪問、あるいは光秀の築いた陣城巡りの一環とすれば、戦国ロマンに浸れる事も含めて、得られるものも数多いのではないだろうか。もちろん城郭遺構に過大な期待を寄せない事が前提とはなるが、、、

2012年11月 7日 (水)

前谷砦跡(兵庫県篠山市)

この城跡に関しては、自身数年前に訪れていたものの、丹波に数多く築かれた小規模な砦跡(付け城も含む)と同様に、印象にはほとんど残っておらず、更に記録(概念図)にも残していなかったが、最近訪ねられた方(ブログ読者)からの情報で、山上主郭周辺に蔓延っていた木々のほとんどが伐採されて、遺構見学のし易い環境になっていた事が分かり、急遽山城巡りの移動中に立ち寄る事になったものだが、その情報通り城跡は、主郭を始めとした小規模な縄張りの全貌が窺える状況にあった事をまず最初にお伝えしておきたい。

城跡は兵庫県篠山市二之坪にあって、「東林寺」背後の真南側丘陵上がそれにあたる。訪れるには国道173号線を利用する事になるが、先に触れた「東林寺」を目印として目指せばよい。寺院駐車場からは集合墓地を経由した山道を上ってもよいが、画像を載せた直登ルートを上れば、直ぐにでも帯郭が迎えてくれる筈である。尚、城史に関しての詳細は不明であるが、機能を想像した場合、築城環境やこの様相から物見程度の砦跡と考えるのが妥当なところか、、、

1route_2 登城ルート

5 直登取り付き口

3 城跡概念図

城跡の形態はアバウトに描いた概念図を参考にして頂きたいが、物見程度の小さな主郭(7m四方)から西斜面に沿って帯郭を重ねたものであり、主郭東背後には小規模な砦跡には分不相応とも思える堀切(二連に見える)が施されている。この空堀は現状土橋付き堀切となっているが、山林所有者によって土橋として近年埋められたものの様にも察せられた、、、謎。現状の激しい地表風化を思えば自ずと見学者の判断に委ねられるが、、、、切岸は最大高低差2m程度のものを帯郭群で拝めるが、堀切と並んで何とか見学者の目は楽しませてくれよう。概念図には山上削平地も含めた踏破した範囲を示したが、山上削平地から寺院に向いて落ち込む急斜面上では、豪快な縦堀と小さな二段郭(住職の建てられた物置小屋がある)を確認する事が出来た。これは当時のものとすれば最大の見所遺構とも思われたので、これを機に訪れる用意のある方には、是非この地までは足を延ばして頂きたい。

7_obi_dankaku_heki_1 帯郭切岸見所

8_shukaku_gedan_1 主郭西下段郭

11_shukaku_haigo_horikiri 11_horikiri 主郭背後の堀切見所

15_tatbori_tikei_2 縦堀地形

現状(10月)城跡は先に触れた様に遺構見学し易い状況となっており、既に訪問を終えられた方々にも、これから訪れる用意のある方々にも、自身と同様に国道移動中に気の向くまま立ち寄って頂きたいが、残存遺構に多くを望まなければ、充分楽しめるような気がしたのである。

2012年11月 4日 (日)

高岡中村城跡(京都府船井郡)

城跡は京都府船井郡高岡中村にあって、既にリポート掲載を終えた中畑城の東側、集落を隔てた標高289mの山頂に位置しており、公民館の真北側の山がそれにあたる。この城跡は山城ファンの方(ブログ読者)からのコメントで初めて存在を知り得たものだが、堀切が備わっていたとの単純な理由のみで訪れる事となった。城史に関しての詳細は不明であるが、築城環境及びその規模からすれば中畑城の出城とみるのが妥当なところか、、、

城跡を訪れるには中畑城を起点とすれば一目瞭然とも言えるので、城跡までのアクセス方法は割愛させて頂くが、入山口目印となるのは集合墓地脇にある赤い鳥居(画像に注目)で、ここから始まるかつての参拝山道で朽ち果てた小さな祠まで上り、その背後を直登すれば、藪漕ぎもなく迷わず辿り着ける(車を預ける公民館駐車場からは10分足らず)筈である。尚、中畑城のリポート記事は、情報が相当古くなった事から既に削除してしまったが、サーバー許容量を確保する為でもあるので、どうかご容赦願いたい。登城ルート図だけは載せたが、、、

1route 登城ルート

4_1 入山口進入経路

3t 城跡概念図

城跡の形態はほぼ概念図に示したものと思って頂いても差し支えないと思うが、ほぼ二郭で形成されたもので、機能として物見あるいは狼煙台が窺われる程度の、非常に小規模な山城でもある。北背後には痩せ尾根地形を利用したと思われる、片側が縦堀に繋がる堀切が施されているが、切岸は主郭と二ノ郭を隔てる為に施されただけで、主郭北東側斜面は、より自然地形に近い曖昧なものとなっている。

14_2maru_1 二ノ郭

12_shukaku_heki 主郭切岸見所

18_shukaku 主郭

19_kirigisi 自然地形に近い郭斜面

20_horikiri_1 堀切

21_tatebori 縦堀見所

現状(10月)城跡は、自分も含めたマニアックな山城ファンの方のみが訪れる(推察)程度の山城としては、比較的見学し易い状況にあり、郭跡に蔓延る木々は少なく、更に見通しも利き、数少ない遺構の判別確認は容易い状況にあると思って頂いてもよいだろう。城跡を個人的に評価すれば、見学材料が郭跡を除けば見応えに欠ける堀切、僅かな切岸跡のみと限られてくる事から、京丹波地区における山城に興味を持たれている山城ファンの方には、充分お薦め出来るかも知れないが、これを機に訪れる用意の方には、遺構の見応えや規模は絶対問わない事が前提とはなるだろう。中畑城と併せた同日訪問は間違いなくお薦め出来るが、、、、

Nakhatajyou 中畑城概念図

Nakhatajyou_2 中畑城登山口

Nakhatajyou_1 中畑城主郭

2012年11月 1日 (木)

大谷向山城跡(兵庫県養父市)

城跡は兵庫県養父市大谷にあって、既にリポート掲載を終えた大谷山崎城和土城の中間地点にあり、大谷山崎城からみて谷状地形を挟んだ東側尾根上に位置している。この城跡も山崎城と同様、城史に関しての詳細は不明であるが、山崎城の出城(砦)と見るのが妥当なところか、、、

城跡を訪れるには、先に触れた大谷山崎城 を起点とすれば一目瞭然の位置にある事から、城跡までのアクセス方法は割愛させて頂くが、工務店脇の林道より右手側の斜面に取り付いて上れば、藪漕ぎもなく迷わず主郭までは辿り着けるだろう。

3mukai2 登城ルート及び城跡概念図

5 入山口

城跡の形態はアバウトに描いた概念図を参考にして頂きたいが、急斜面上を削平して小郭を数段(五段か?)並べただけに終わったものであり、遺構の見応えからはほど遠い山城ということになろうか、、、堀切は小規模な推定主郭背後に痕跡程度で僅かに窺われるが、堆積物によって非常に判別し難いものであり、これは見学者の判断に委ねたい。

17_saigedan_kaku 郭跡

15_nisi_dankaku_gun_3 段郭群

12_shukaku 推定主郭跡

13_karabori_ato 堀切の痕跡

3

城跡を個人的に評価するのであれば、見応えのある遺構は皆無、更に縄張り妙味もなく小規模とくれば、自ずと「山城巡りのついでに立ち寄る程度の城跡」といった事になろうが、取り合えずこの城跡の所在位置が掴めなかった方の参考になったのであれば由としたい。

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