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2012年8月

2012年8月30日 (木)

池ノ谷主計城跡(兵庫県丹波市)

城跡は兵庫県丹波市山南町池谷にあって、既にリポート掲載を終えた玉巻城の東側標高約270mの山上に位置している。城史に関しては池ノ谷主計の屋敷跡と伝わっているが、自身が本郭群を覗いた限り、この小規模な砦規模の削平地に、まさか屋敷が構えられていたとは想像も出来ず、本来の居住空間は麓にあったものと思えた。恐らく詰城として見張り小屋があった程度の城郭なのであろう。尚、池ノ谷主計と玉巻城を居城とした久下氏との関係までは、リサーチに及んでいないのでどうぞ悪しからず、、、詳細は不明

1route 登城ルート

5 登城入山口

Zz_2 城跡概念図

城跡を訪れるには、先に触れた玉巻城を起点とすれば一目瞭然の位置にある事から、城跡までの詳しいアクセス方法は割愛させて頂くが、登城スタート地点となる「池谷公民館」に車は預ける事になる。ここから真北側にある山道に進入(画像に注目)し、その奥にある入山フェンスを開閉して、急斜面をそのまま山上を目指して直登すれば、藪漕ぎもなく10分内で主郭までは辿り着ける筈である。

城跡の形態はアバウトに描いた概念図に示した様に、ほぼ単郭構造の砦規模の本郭群と思って頂ければ良いだろう。堀切は北東尾根を断つ形で一応施されてはいるが、山城としてよくお目にかかるV字形の薬研堀にはあらず、長年の堆積物によって痕跡程度と思って頂いた方が、訪れた方には期待はずれに終わらないだろう、、、切り立つ切岸跡は本郭背後、あるいは北側斜面でも充分拝めるが、他で際立った遺構にお目にかかる事は出来ず、今まで述べたまでが、本郭群周辺で判別確認可能な数少ない遺構群といった事になろうか。尚、北東側の尾根上は覗くまでには至れなかったので、残存遺構もこれだけに終わるものではないのかも知れない、、、、

8_horikiri 空堀跡

10_shukaku_heki 切岸見所

11_shukaku_1 本郭

13_shukaku_nisigawa 本郭西端

14_kirikisi 北側切岸見所

城跡を個人的に評価すれば、見所は本郭背後を形成する見応えのある切岸だけとも言えるので、とてもお薦めの山城とは言えないが、このリポート記事に興味を持たれた山城ファンの方だけに、所在位置と藪漕ぎのない比較的上り易い(ただし急斜面)登城ルートが参考になったのであれば、それで由といった処か、、、、、

2012年8月26日 (日)

半田城館跡(京都府南丹市)

城跡は京都府南丹市園部町半田にあって、既にリポート掲載を終えた大村城からみれば、半田川を跨いだ真西側の低丘陵上に位置している。この城跡の情報は、当ブログに対して何時も激励のコメントを頂戴している山城ファンの方によるものであるが、明瞭な櫓台が残っていたとの情報から、訪れ易い平城に限りなく近いとは思われたが、自身の現在の腰や膝の状態を思えば、山城情報の発信だけに拘ってはおられず、つい気の向くままこの城館まで足を延ばす事となった、、、、城史に関しての詳細は不明 

城跡を訪れるには、先に触れた大村城を起点とすればその位置も分かり易いと思われた事から、城跡までのアクセス方法は割愛させて頂くが、477号線沿いにある「半田文化センター」を目印(概念図を参考に)として目指せば、難なく付近までは辿り着けよう。道路沿いの上り易い箇所から丘の上を目指せば(比高10m程度)、直ぐにでも櫓台土塁を伴う主郭が迎えてくれるはずである。

1route 登城ルート

4 城跡進入路

3 城跡概念図

城跡の形態はその名の城館が語る様に、限りなき平坦地形(削平地)が低丘陵上を連続するものであるが、その東端に位置する6m四方の櫓台土塁(推察)とその切岸、現状フラットに近い主郭とその切岸などが、この地を城跡として物語る数少ない遺構群と考えて頂いても良いかも知れない、、、よって空堀すら施されていない城郭遺構に、見応えまでを望む事は出来ないが、外部情報からほぼ完存に近いと聞かされたこの城跡の値打ちは、すぐ傍まで民家や農地が迫りながら、非常に価値の高いものと感じられたのである。

7_yagura_2 櫓台土塁見所

11_higasi_obi 切岸と帯郭

10_minamigawa 主郭南側

14_nisigawa 主郭西側

現状(八月)城跡は蔓延る木々や青竹が少ない事から、それなりに動き回り易く、更に見通しが利く事によって、比較的見学し易い状況にあると思って頂いても良いだろう。城跡を個人的に評価すれば、遺構の見応えからは程遠い城跡と言う事になろうが、圧倒的お手軽感や、当時の祖形が失われていないその風情までも加味すれば、興味を持たれた城跡ファン、あるいは史跡ファンの方々には充分お薦めは出来るだろう。ただし山城ファンの方々には、縄張り妙味や遺構の見応えまでは決して望まない事が肝心!

2012年8月18日 (土)

新堂砦跡(京都府南丹市)

城跡は京都府南丹市園部町新堂にあって、標高約230mの低山山頂に位置しており、現在その西山麓には正福寺がある。

この砦跡は一部の文献に名前が登場するだけの、ほぼ無名に近い城跡の一つでもあるが、現地で出くわした年配の方に、その存在と所在場所を尋ねたところ、当然満足の行く結果は得られなかった。よって今回は所在地の特定出来ぬままの、地図上で目星を付けただけの探索踏破となったが、山城としての築城環境、山頂で明瞭な切岸跡の残る櫓台(推察)の確認、及び全長30m規模削平地(主郭に相当)の確認、更に訪城後における京丹波を拠点とした山城ファンの方との情報照合によって、何とかこの地が新堂砦であろうとするまでに漕ぎ着ける事が出来た。ただ城跡呼称に関しては、確信が持てるまでの材料(所在位置を記した公的資料及び確認情報資料)が得られなかった事もあって柔軟に対応して頂きたいが、、、

1route

登城ルート

8 登城入山口

3a 城跡概念図

(推定)新堂砦跡を訪れるには、京都縦貫自動車道「園部IC」を起点とすれば分かり易いが、そのIC乗降口となる県道19号からは登城ルート図を参考にして頂きたい。そこからは今回車を預ける事になる「新堂公民館」を目印として車を走らせる事になるが、登城入山口となるのは公民館より50m程度南下した付近で、細い畦道から古い集合墓地まで向かい、その背後よりそのまま山上尾根を目指して直登すれば、迷わず辿り着ける筈である。ちなみに所要時間は入山口より藪漕ぎなしで10分内

12_minami_demaru 南削平地

18sanjyoukaku 主郭と櫓台

15_yagura_heki 櫓台、切岸見所

18sanjyoukaku_2 主郭南側

この城跡は恐らく京丹波地区の山城に興味を持たれている方のみが訪問の対象となる様に感じられるが、取り合えず興味を持たれた山城ファンの方には、遺構としての見応えは全く期待できそうにないが、この地区に点在する山城巡りの一環とした上で、是非一度山頂まで足を運んで頂きたい。楚々とした砦跡の風情は充分味わえる筈である。

2012年8月14日 (火)

技巧を伴う畝状空堀群は一見の価値あり! 志高砦跡(京都府舞鶴市)

城跡は京都府舞鶴市志高にあって、先にリポート掲載を終えた志高館城とは「宏玄寺」を挟んだ南側丘陵上にあり、志高本城からみれば東枝尾根先端部に位置しているが、築城環境を考慮するなら、志高城の出郭(出城)といった処か、、、

城跡を訪れるには、先に触れた志高館城と同一のアクセス方法となるので今回は割愛させて頂くが、登城入山口は画像に示した大きな集合墓地駐車場脇から始まる山道で、踏み跡程度で明瞭ではないが、本郭群背後までは迷わず辿り着けるだろう。ちなみに墓地からは藪漕ぎなしで所要時間5分程度

1route_1 登城ルート

6_1 登城入山口

3s 城跡概念図

この山城は志高館城のリポート記事中で触れた様に、その名(砦)に相応しく、規模は相当小さい(郭総全長30m程度)が、分不相応にも感じられる技巧を伴う畝状空堀群を特徴とするものであり、それはほぼ本郭東斜面全域に渡って施されている。概念図にはその見たがままのアバウトな形状を示したが、現状斜面上長く掘削された明瞭な縦堀、風化の為にやや薄くなった短めの縦堀、あるいは少々埋もれ気味の土塁を付随させた横堀(武者隠し)などは、間違いなく見学者の眼を楽しませてくれるものと自分の目には映った。しかも状態は比較的良いものであり、東帯郭から比較的木々の少ない東斜面下を覗き見れば、その全貌が望める箇所もあり、見応えも臨場感も抜群なものとなっている。切岸の醍醐味に関しては本郭西側で唯一味わえるが、帯状の段郭群では郭高低差が少ない為、あるいは地表風化中にある為、余り期待出来ないかも知れない、、、他では低草木の蔓延る北帯郭壁下で、直角に分岐した明瞭な二本の縦堀(長い)を眼にする事が出来るが、これも決して見逃してはならない遺構の一つと言えよう。

12_shukaku_nisiheki 本郭背後の切岸見所

14_shukaku_dan 主郭

18_dankaku_heki 西段郭

18_dankaku_heki_1 段郭切岸

20_hokusei_tatebori 北西斜面縦堀見所

21_kita_tatebori 北斜面縦堀見所

24_une_yokobori_2 横堀を絡めた畝状空堀見所

25_une_tatebori_1 東帯郭下の連続縦堀見所

現状城跡は、この時期(七月)にも拘らず郭内における木々は比較的少なく、充分見通しも利き、山城としてみれば非常に良いコンディションの下にあると思って頂いても良いだろう。城跡を個人的に評価するのであれば、見所は畝状空堀群を始めとする空堀だけ、と言っても決して過言とは思えないが、圧倒的お手軽感を加味せずとも、この空堀群の縄張り妙味だけで、充分訪れる値打ちのある城跡!」、といった事になろうか。

2012年8月10日 (金)

志高館城跡(京都府舞鶴市)

城跡は京都府舞鶴市志高にあって、ほぼ独立した山塊の山頂に位置する、志高城(本城)の北東枝尾根先端部に位置しており、その識別呼称が語る様に城主(三上氏)の館跡と見受けられるものである。

城跡を訪れるには、既にリポート掲載を終えた志高城(本城)のアクセス方法と同様に、国道175号線を経由して現地に向かう事になるが、「志高」の信号からは登城ルート図を参考にして頂きたい。登城スタート地点となる「宏玄寺」を目印とすれば、城跡の位置確認は容易いが、車は寺院傍にある公民館駐車場を借りれば良いだろう。寺院からは更に奥にある大きな集合墓地を目指して歩く事になるが、その手前右手で目に留まる稲荷神社(赤い鳥居が目印)脇からは、旧墓参道を利用して尾根最上部まで上り、そこから右手側の尾根へ移動すれば、直ぐにでも見応えのある土橋付き堀切(縦堀に繋がる)が迎えてくれる筈である。ちなみに公民館からは、藪漕ぎなしで10分内で到達可能

1route_1 登城ルート

4enbou_1 城跡遠望

3s 城跡概念図

城跡の形態は概念図を参考にして頂きたいが、城郭は堀切側に施された櫓台と察せられる大土塁、及び規模の大きい二郭で形成されたものであり、館城らしく縄張りはシンプル極まりないものとなっている。見所遺構としては先に触れた縦堀に繋がる土橋付き堀切、郭外壁を形成する切岸が挙げられるが、館城の性格を思えば、概念図に描いた以上の残存遺構には、余り期待出来ないものと思って頂いても良いかも知れない、、、

7_horikiri_tatebori 堀切(縦堀)見所

8_yaguradai 櫓台土塁見所

11_shukaku 主郭内

12_shukaku_heki 主郭切岸見所

13_2maru 二ノ郭

現状城跡は藪化進行中にはあるが、この時期(七月)にも拘らず、郭内や斜面における木々は比較的少なく、ある程度見通しも利き、山城としては比較的見学し易いコンディションの下にあると思って頂いても良いだろう。城跡を個人的に評価すれば、登城ルート図中に所在地を記した志高砦も含めた山城巡りとすれば、間違いなくお薦め出来る城跡の一つという事にはなるが、志高城(本城)がまだ未訪となっている方には、三城併せた同日訪問は、背中を押してでもお薦めしたい!ちなみに志高砦は同日訪問となったが、規模は小さいが技巧を伴う素晴らしい畝状空堀群が拝める事を理由に、まだ未訪となっている方には、是非この後のリポートを楽しみにして頂きたい。

2012年8月 4日 (土)

岡田由里滝城跡(京都府舞鶴市)

城跡は京都府舞鶴市岡田由里にあって、集落より北に奥まった低丘陵上に位置している。城史に関しての詳細は不明

城跡を訪れるには、先にリポート掲載を終えた荒張城を起点とすれば分かり易い位置にあるので、城跡までのアクセス方法は割愛させて頂くが、「岡田由里」交差点から570号へ針路変更後は、登城ルート図を参考にして頂きたい。車は城跡が直ぐ望める位置にある「総合運動場」駐車場に預ける事になるが、城跡の西側の山道からは既に美しい切岸が目に留まので、比高20m程度の急斜面を一気に上り切れば、直ぐにでも主郭が迎えてくれよう。

1route_2 登城ルート

3y 城跡概念図

城跡の形態は、ほぼ概念図に近いものと思って頂いてもよいとは思われるが、郭総全長は100mに達するものであり、取り合えず砦の域は充分はみ出た山城ということになろうか。堀切などの様な見応えのある遺構は施されていないが、主郭西側壁前面に行き届いた切岸跡は、低草木も蔓延らず、その全貌が外見から窺えるものであり、間違いなく山城ファンの目を楽しませてくれるものと眼に映った。他では平虎口跡空堀は一箇所縦堀として東側斜面上で目に留まったが、これは自然地形なのかも知れないので参考までに、、、

7_shukaku_nisiheki_1主郭西壁の美しい切岸

9_shukaku_higasiheki 主郭東壁

11_shukaku_1 主郭内

15_hakobori_2 箱堀に近い主郭北側

22_sizen_karabori_tikei 東斜面の空堀地形

18_koguiti_ato_1 虎口跡見所

21_nansei_gawa 南西側の削平地

現状城跡は、この時期(七月)にも拘らず、郭跡に限れば意外に木々も蔓延らず、それなりに見通しが利き、遺構見学に差し支えるまでには至っていない状況にあると思って頂いても良いだろう。ただ南斜面や東側斜面は低草木が相当蔓延っている為、降りて行くには少々ためらう状況となっているが、、、城跡を個人的に評価すれば、見応えのある遺構は切岸だけとも言えるが、この切岸だけは見学する値打ちのあるものと感じられたので、この地域に点在する山城と併せた山城巡りとするのであれば、充分お薦め出来ようか、、、

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