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2012年7月 7日 (土)

日ヶ谷城跡(京都府宮津市)

花粉の飛散する季節を終え、完治とはいえないがそれなりに腰も癒えて、やっと山城巡りの出来る体調が整ったが、このところ長雨に祟られて、中々城跡巡りの出来ない状況となっていた。このリポートはその合間を縫ってのものとなるが、久し振りの山登りとあって、まだ体が浮いた様な状態となっており、数ヶ月のブランクを体で感じながらの訪城となった。

城跡は京都府宮津市日ヶ谷にあって、城山と呼ばれるほぼ独立した標高約230mの山頂に主郭を構え、その南北尾根と東側尾根を城域としたものと見受けられた。城史に関しては一色氏家臣の一人、松田山城守の居城が伝わっており、細川氏によって滅ぼされるまでは、松田氏累代の城となっていたが、落城後には帰農した模様。

1 登城ルート

4 直登取り付き口と駐車スペース

1_1 城跡概念図

城跡を訪れるには国道178号を経由して向かう事になるが、既にリポート掲載を終えた岩ヶ鼻古城を起点とすれば、所在位置の確認は容易いとは思われる。「日ヶ谷」交差点より625号へ針路変更して、目印となる「天長寺」を目指せば良いが、城跡への取り付き口及び最短ルートはルート図と画像に示した。木々の比較的少ない激斜面を登る事になるが、5分程度で南端郭群には辿り着ける筈である。

城跡の形態はアバウトに描いた概念図を参考にして頂きたいが、丹後の山城に共通する、突出した形の主郭を中心に、三方尾根に沿って単純に郭を連ねたものであり、縄張り妙味や縄張り変化に富んだ城郭とは言えないかもしれない。堀切は取り合えず三箇所で確認出来たが、特別技巧を感じる事の出来る遺構や、特別見応えが感じられる遺構に巡り合う事は叶わなかった。現状(六月)城跡は、訪れた季節も災いしているが、藪化地表風化共に進行中にあり、堀切などは蔓延る木々によって視界は遮られ、外見からその全体像を拝む事は困難な状況となっている。自ずと踏破確認可能な範囲も限られてくるが、概念図に示したものが、今回踏破した範囲内で目に留まった遺構であり、郭形状などに関しては推察を交えたものと思って頂きたい。幸いにも郭移動だけなら難渋する状況までには至っていないが、主郭においては、蔓延る熊笹で地表も露見していない状態と思って頂ければよいかも、、、残念!

10_minamikaku_heki 南郭群切岸

15_shukaku 主郭内の現状

17_kita_horikiri_2 北堀切見所

24_higasi_horikiri_3 東堀切見所

個人的には久振りの山城巡りとあって、帰路に着くまではずっとハイテンションのままであったが、藪化が進行中(深刻化した箇所も多々ある)にある事が災いして、切り立つ切岸の醍醐味や、堀切の見応えには触れる事の出来ないまま終わってしまった。冬季訪問がベストとは思われるが、城跡を個人的に評価すれば、辺境の地に築かれた山城としては、その規模は比較的大きく、考えさせられる築城環境や、三箇所で拝める堀切見学だけでも、充分訪れる値打ちのある城跡といったことになろうか、、、、

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京都(丹後地方)の山城」カテゴリの記事

コメント

いよいよ、城攻め再開ですね。
暑さは一入ですが、
思いっきり汗をかくのも城攻めの楽しさ。
腰痛には心配りされてください。


TAKUです、播磨屋さんコメント拝見させて頂きました。
体調のお気遣い有難うございます。
今年の暑さは尋常とは思えませんが、年々山城巡りも大変さを増して来た様に感じます。
この季節は熱中症との闘いになると思われますが、播磨屋さんご自身においても、是非体調に気を配られ、出来るだけ良い状態で城跡へ臨まれる事を願って止みません。

暑い中にも涼しさを感じるようになりました。
最近は、地元の山城に登りつつ
明智光秀の足跡を訪ねています。
近いうちに、光秀が本能寺に兵を進めた
明智越えにチャレンジする予定です。
登り口に位置する保津城攻め、takuさんの
縄張図を参考にさせていただきます(^O^)/

TAKUです、光秀の主君に対しての裏切りに関していえば、何世紀を経てもその真相は分からず、色んな想像が掻き立てられて楽しくもあるのですが、その心中を察する事は、現代人にとってはとても理解出来そうにありませんね、現代社会においては、今でも多々ありそうに感じられますが、、、
明智越え、保津城を振り出しとして是非楽しんで来て下さい。

takuさん
ここは4年前の登城ですが、記憶にありますでしょうか。今回の遠征でここも訪問しました。
お蔭さまでアクセスはすぐわかったのですが、地図を見ても一目瞭然の大激斜面は印象に残りました。距離はたいしたことないのですが、この激斜面は一級品でストックも使いようがなく、一番助かったのは木々の根っこでした。

適度に藪漕ぎ後に切岸が見えたときは達成感ありました。根性必要な城址で、よくもマーこんな処に城を作ったものだと感心しました。

下りは藪に紛れて登りと違う処に出てしまい(元々道もくそもない状況でしたが)余計な時間が掛かりました。下りも達成感充分でした。

遺構はそれ程ではありませんでしたが、印象に残るという点では充分です。激斜面派にはお勧めですね。ありがとうございました。

ヒデさん、辺境の地の更なる山深き山上に位置するこんな城跡、、いや、こんな藪城までよく踏破されましたネ。(拍手)
間違いなくヒデさんは山城ファンを名乗るに相応しい方だと確信しました!
当時、自身病み上がり後における、久々の山城めぐりとあって、もちろんこの城跡は非常に印象に残っておりますが、全体踏破は困難を極める状況にあった事もあって、縄張りを掴み切れなかったのが唯一心残りではあります。規模はそれなりに大きく感じられましたが、、、、とにかく達成感も含めて楽しめて何よりでした。

takuさん
コメントありがとうございます。久しぶりの復活戦という事もあってかこのマイナー山城の激斜面を覚えていらっしゃるのは流石です。

私は途中やめようか思いましたが、ここまできたからにはという気持ちでした。前コメントで書き忘れましたが、短い激斜面の山城ですが、その強度の斜度の為に、車の中で備忘メモを付けている時に両膝が激斜面との戦いでしばらく痛くなっておりました。長い激斜面よりも短い超激斜面の方が
このような事が起きると思いました。

今回の遠征で印象に残った他の城址も投稿しますので、しばらくお付き合いお願いします。

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