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2012年7月21日 (土)

高森支城跡(京都府京丹後市)

城跡は京都府京丹後市大宮町延利にあって、既にリポート掲載を終えた高森城跡の真北側にある丘陵上(尾根先端部)に位置している。城史に関しての詳細は不明であるが、高森城の北側を牽制した出城と窺えるものである。

城跡を訪れるには、高森城と同様の訪問ルートとなる事から、城跡までのアクセス方法は割愛させて頂くが、53号線からの進入経路は登城ルートを参考にして頂きたい。民家脇から墓参道として山道が城跡先端部まで繋がっているので、迷わず辿り着けるだろう。小さな集合墓地の直ぐ背後は、既に物見(櫓台)とも窺える片側を低土塁が廻る郭跡となっている。

1_1 登城ルート

4 城跡進入経路

1_2 城跡概念図

城跡の形態はアバウトに描いた概念図を参考にして頂きたいが、物見と察せられる先端郭から、東尾根上数百mに渡って削平の行き届いた郭が展開されており、僅かに窺われる段程度の切岸が、この地を城跡として物語るものとなっている。空堀の類は見止められなかったが、推察物見郭背後の痩せ尾根上は土橋状になっており、尾根を断つ堀切の代用が取り合えず窺われるものとなっている。城跡にあっては見応えのある遺構は皆無に等しいが、出城機能とするのであれば、この程度の城普請で良いのかも知れない、、、高森城の深刻化した藪化には凄まじいものがあったが、この城跡はそこまでは行かないまでも、当然藪化地表風化共に進行中にあり、草木の蔓延る櫓台土塁などは、傍に寄っての判別確認は余儀なくされる状況(画像に注目)にあると思って頂いてもよいだろう。

6_dorui_kaku_1 櫓台か

7_dorui 低土塁

12_dobasi_heki 切岸処理された土橋と帯郭

15_sanjyou_kaku 東尾根上の削平地

城跡を個人的に評価すれば、状態が高森城ほど醜くないのが救いとも言えるが、お手軽感も含めて、大宮町における山城巡りの一環として気軽に立ち寄る程度とすれば、何とか訪れる理由も生まれて来るのではないだろうか、、、

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京都(丹後地方)の山城」カテゴリの記事

コメント

TAKUさん今日は。
菅野城、高森支城のレポート拝見しました。
菅野城はそんなに薮化していましたか。
ちょうど図面の切れている、東側に石積みの虎口、南は土塁になっていました。
さらに東から南にかけて郭があり数段の郭が続いていました。
伊根には大島城を含め13城確認しました。
あの狭い町内にそれだけの城があり、それぞれの城が見どころのあるものでした。
高森支城は、高森城以上に薮が激しく苦労したことを思い出しました。
また高森城の堀を調べている時、墓石が埋まっているのを気づき、かって墓地であったことを理解しました。
江戸期の物だと思いますが気持ちが悪くなりました。
今後のレポート楽しみにお待ちしています。

TAKUです、コメント拝見させて頂きました。
丹後の城跡は藪化が深刻化しているものが数多く、中々全体像の掴み難い山城が多いのですが、反面、近世まで手付かずの為に、遺構残存度の高い城跡が多い様にも見受けられます。
その分見て回る分には期待も持て、更に楽しみも増えるのですが、縄張りの掴めないもどかしさは否めないのが実情でしょうか、、、、
伊根に13城もあったとは驚きでしたが、また所在地の確認などでお手数をかけるやも知れません、その時はどうぞよろしくお願い致します。

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