福持氏城跡(三重県伊賀市)
城跡は三重県伊賀市坂下にあって、通称「城山」と呼ばれている低山山頂に位置している。城史に関しては、天正期に福持氏によって築かれた城と伝わっており、今後リポート掲載を予定している、九太夫城(福持九太夫城)を本城とした時の支城、あるいは出城とすれば良いのかも知れない。
城跡を訪れるには、国道165号線を経由して県道2号線に進入する事が先決となるが、同じ2号線を訪問ルートとする、既にリポート掲載を終えた妙楽寺城や藪内氏城を起点とすれば、その所在位置も分かり易いだろう。目印となるのは車を駐車する事になる、坂下集落の中心地にある「坂下公民館」で、概念図に示した箇所(画像に注目)から急斜面を直登すれば、藪漕ぎもなく数分で主郭までは辿り着けよう。
城跡の形態は、ほぼ三郭で構成された、シンプル極まりない砦規模の城跡である事から、自作概念図に限りなく近いものと思って頂いても良いが、小規模な山上主郭の西側には低土塁が施されており、その北背後の痩せ尾根を断つ二重堀切は、堀底から立ち上がる切岸と相俟って見応えも充分であり、この山城の醸す楚々とした佇まいは、当時に思いを馳せる事も容易く、充分見学者の目は楽しませてくれるだろう。現状(二月)城跡は、一帯が間伐の行われた植林地にある事から、狭い主郭の全貌が窺える状況の下にあると思って頂いても良いが、恐らく四季を問わずこの状態が自然維持されていると思われた事から、訪問時期も冬季に限定されたものではなく、非常に尋ね易い城跡と自分の目には映ったのである。
城跡を個人的に評価すれば、福持氏の本城ともいえる九太夫城(今後にリポート掲載予定)と併せた同日訪問とすれば、間違っても期待外れには終わらない、「是非お薦め出来る城跡の一つ」とは言えるだろう。もちろん単独訪問としても、規模さえ問わなければ充分満足感には浸れようが、、、
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