完存に近い、佇まいそのものが最大の値打ち! 羽柴砦跡(三重県伊賀市)
城跡は三重県伊賀市奥鹿野にあって、小さな奥鹿野集落の中心部が見通せる山腹に位置している。城史に関しては、名が語る様に羽柴氏の居城が伝わるが、筒井定次が羽柴姓を秀吉に与えられて築いた事から、この名がこの砦の通称となっている。後に秀吉から同じ姓を与えられた滝川三郎兵衛が、城郭に多少の改修を施したものとも察せられるが、推察の域は出ないものである、、、
城跡を京阪神側から訪れるには、国道165号線から670号へ進入してして向かうルート、767号へ進入して向かうルート、あるいは老川を経由して767号で向かうルートの三通りが考えられるが、目印となるのは奥鹿野公民館で、そこに車を預けた後は、ルート図の如く直登取り付き地点とした砂防ダムまで歩いて向かい、概念図に示した付近から山上目指して上れば良い。そこから右側に廻り込みながら上れば本郭群の一部となる四方を土塁が囲む見張り台へ、そのまま直線的に山上を目指せば、削平地(地形は曖昧)らしき跡の東西を遮る、二本の堀切へ到達出来る筈である。ちなみに藪漕ぎもなく5分内で山上堀切までは辿り着けよう。
この城跡は、自身が見る限り、伊賀に多く見受けられる方形居館跡と呼べるものにはあらず、土塁が四方を廻る郭跡は、6~7m四方の見張り台程度の狭小郭であり、本来の居住空間ともいえる主郭は、概念図に示した様に、南側斜面を切り込んで築かれたものと察せられた。それは大規模なものではないが、未だ切岸跡は健在であり、推察見張り台の土塁や空堀と共に、充分見学者の目は楽しませてくれる筈である。先に触れた二本の堀切は、見張り台より少し上った山上尾根に位置しているが、片側が縦堀となって砂防ダム近くまで落ち込む様は、ほぼ全貌が窺える状態の良さも相俟って、非常に見応えを感じるものとなっている。もちろん完存に近い形の見張り台と併せて、城跡最大の見所遺構の一つでもあるが、充分訪れる値打ちのある遺構と自分の目には映ったのである。
現状(二月)城跡は、一帯が間伐の行われた植林地にある事から見通しが利き、遺構見学としては、これ以上望めない良い状態にあると思って頂いても良いだろう。もちろん四季を問わずこの状態は維持されているものと予想されるが、、、城跡を個人的に評価するのであれば、遺構残存度の高さ、状態の良さ、小規模が故の縄張りの掴み易さ、お手軽感、更にほぼ全貌の窺える佇まいの素晴らしさも含めれば、規模さえ問わなければ、間違いなく是非お薦め出来る城跡の一つと見た!
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