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2012年3月27日 (火)

下ノ館と上ノ館の二城で成立した城跡 阿波氏城跡(三重県伊賀市)

城跡は三重県伊賀市下阿波にあって、地元では下ノ館と呼ばれている阿波氏居館跡と、その南東背後に聳える山上に位置する、詰城あるいは物見機能を備えた上ノ館(阿波氏城)の二城で成立したものである。城史に関しては、名が語る様に阿波氏の居城が伝わっており、織田軍による伊賀攻めの際に落城した模様、ちなみに当時の土塁が未だ屋敷跡を廻る下ノ館は、今でも阿波氏がお住まいの住居と聞き及んだ。

城跡を訪れるには、先にリポート掲載を終えた植田氏城を起点とすれば、二城共に一目瞭然ともいえる場所にあるので、訪問ルートの説明は割愛させて頂くが、山上詰城(上ノ館)への入山口は概念図を参考にして頂きたい。ここから流水の少ない小さな川を飛び石を利用して渡る事になるが、城址標識(画像に注目)が直ぐ目に留まる事から、入山口は直ぐ確認出来るだろう。標識からは山上堀切まで繋がる山道を利用して上れば、迷わず主郭までは辿り着ける筈である。(10分内)

1route 登城ルート

5 入山口

2_3aw 城跡概念図

ここでは阿波氏山上詰城と呼ぶに相応しい、上ノ館の現況リポートという事になるが、その形態は、概念図に限りなく近いものと思って頂いても良いだろう。砦規模の山城ではあるが、台機能と見受けられた土塁郭、その背後に施された土塁南尾根を断つ僅かな堀切跡、主郭片側に施された低土塁土塁虎口跡西出郭に相当する削平地(中央に土塁壇が残る)などが、縄張りを形成する城郭遺構と呼べるものでもあるが、充分見学者の目は楽しませてくれるだろう。ただ土塁壁に一部窺われた石垣に関しては、、、?

10 堀切(麓より山道が繋がる)

15 上り虎口見所

17_kita_yguraheki_2 主郭と北土塁郭見所

18_yagura_isi 石積跡か?

21_shukaku 主郭奥南櫓台と低土塁見所

26_horikiri_1 南堀切

現状(二月)城跡は、一帯が植林地にある事によって見通しが利き、櫓台に佇めばコンパクトにまとまった主郭の全貌が窺える状況にあるが、地表風化はそれなりに進行している。城跡を個人的に評価すれば、廃城になってから現在まで、手付かずの状態にあると見受けられた残存度の高い遺構群、自然岩を郭壁として取り込んで築かれた山城らしい様相、郭外壁を形成する見事な切岸などは、充分当時に思いを馳せる事が可能であり、見学のし易さやお手軽感も加味すれば、充分薦め出来る城跡という事にはなるだろう。もちろん下ノ館を廻る見事な土塁や、虎口跡(土留め石あり)の見学も兼ねた訪問が前提という事にはなるが、先に触れた植田氏城も併せた同日訪問とすれば、間違っても期待はずれには終わる事はないだろう。

Photo 阿波氏居館跡の全貌

1 土塁虎口見所

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