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2012年2月12日 (日)

これ以上ない辺境地の更なる山頂に佇む山城 浅木山城跡(京都府福知山市)

城跡は京都府福知山市三俣/三和町ユリにあって、当時においても現在においても、辺境の地と呼ぶに相応しい、人里からも随分離れた、標高427mの険峻極まりない山頂に位置している。戦国期においては内藤氏の居城が唯一伝わっているが、この内藤氏は丹波三大山城の中の一つでもある、八木巨大城砦群を築いたあの内藤氏一族とも察せられるが、推察の域は出ないものである。詳細は不明

1route_2 参考登城ルート

5_2 参考取り付き口付近

3a 城跡概念図

城跡の形態は、アバウトに描いた概念図を参考にして頂ければ良いとは思われるが、直登ルートの様相とは随分違って、比較的木々の少ない郭内部の見通しは利き、郭内に佇めば充分臨場感は味わえる状況にある。城跡一帯が地表も露見していないほどの積雪で覆われていた事から、細部にまで及ぶ遺構確認は出来なかったが、自然地形に任せたまま掘削されて築かれた縄張りプラン、あるいは古い形態とも察せられるこの山城に、多くの遺構や縄張り妙味までは望めない気がするのである。現状明確に判断可能な遺構は、郭跡を除けば、主郭西側に施された土塁が付随する堀切(横堀に近い)、雪で地表は見えないが、切岸と思える郭壁程度と思って頂ければ良いだろう。積雪がなくなった時点で、どこまで明瞭な残存遺構が窺えるのかは見当も付かないが、春先には三俣側から林道 を利用して、山歩きを楽しみながら歩いて山頂を目指してみたい、、、今回の直登ルートと比べれば、遥かに山頂までの距離(3km程度)はあるが、雪のない地表の露見した山城も覗いて見たい気がするのと同時に、再び言葉にならないこの達成感も味わってみたい気がするのである。

15_kaku2_toutan_1 二ノ郭東端

17_shukaku_heki 主郭東壁

18_shukaku_1 三角点のある主郭

22_sita_horikiri 23_horikiri 堀切見所

27_nisikaku 西郭

城跡を個人的に評価すれば、積雪も相俟って遺構に見応えまでは感じられなかったが、山城として醸す風情やその佇まいは、充分魅力溢れるものであり、これだけ辺境地の更なる山頂に、城郭が築かれた事自体が最大のロマンであり、値打ちとも感じられたのである。山城をこよなく愛する方には、絶対避けて通って欲しくない城跡の一つ!

1as_2 今回城跡を訪れる(1月)にあたっては、三俣側から城跡北西まで続く長い林道は、積雪(15cm以上)で全く使い物にならず、自身が想定した三和町側からの、積雪の少ない急斜面直登ルートを敢えて選択して臨んだが、厳しい雪中行軍となった事実、直登ルート中における体に突き刺さるが如き枯れ枝との戦い、あるいは蔓延る枯れ枝の隙間を縫っての登頂も重なり、これを機に訪れる用意のある山城ファンの方には、とてもお薦め出来るルートとは言えなかったので、今回の登城ルートは是非参考程度に止めて頂きたい。もちろん山頂までは迷わず辿り着けた(50分程度)が、下山においてのマーキングは必要不可欠と思えた事から、登山に慣れておられない方には、余りにも条件が厳しすぎるように感じられたのである。春先には林道が使えるとは思えるが、その道路状況(車がどこまで進入出来るか)までは把握していなので、どうかご容赦願いたい。

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京都(福知山)の山城」カテゴリの記事

コメント

TAKUさんオハヨウございます。
雪の中、浅木山城に上られたとのこと、非常にびっくりしました。
私たちは、今から10年位前になりますが、舗装道路終点の
長宮まで進み最後の人家の前から、尾根を登りました。
その時も2月でしたが、フキノトウが出ていたので
もう少し時期は、先のようでした。
もちろん雪はありませんし、友人と二人でしたので体力的にはきつかったのですが、
安心で、薮もあまり気になりませんでした。
友人は、長宮から甲ヶ岳の背後に至るルートを
想定でき内藤氏の綾部、福知山進出について
関連を考えています。
TAKUさんが以前報告され、将監城等の
高津地区の城を考えるうえで、この浅木山城も
関連を考える必要があると思っています。

TAKUです、ショウカンさんコメント拝見させて頂きましたが、流石に今回の訪城は疲れました。
積雪は覚悟の上の登山でしたが、山上は意外に藪化までには至っておらず、雪で埋もれた郭内を歩き回って、なんとか概念図を仕上げる事が出来ました。
それにしてもこんな場所に城郭を築かねばならなかった理由、あるいはその値打ちを知りたいものです、、、、
内藤氏が本拠とした八木城からは、相当距離も離れており、ショウカンさんのおっしゃる様に、当時においては色んな想像が出来そうに思われます。
私自身は積雪のない伊賀の城跡巡りを当分続けるつもりですが、伊賀の高土塁や豪快な空堀は、やはり見応えはありますね、、、

TAKUさんのブログ楽しくて結構チェックしてるんですよо(ж>▽<)y ☆実は読者なんです(笑)普段はあんまりコメントとかしないほうなんだけど(照)見てるだけなのもアレかなって思ってメッセしてみました(笑)TAKUさんに仲良くしてもらえたら嬉しいです(^-^)/一応わたしのメアド載せておくので良かったらお暇なときにでもメールください(o^-')bココログやってないからメールしてもらえたら嬉しいです(≧▽≦)まってるねえ(* ̄Oノ ̄*)

TAKUです、まりこさんにはブログを何時も拝見して頂いているとの事、非常に嬉しく思っております。山城巡りのアシストとして「山城賛歌」がお役に立っていると言う事であれば、尚更嬉しいのですが、、、
尚、個人的なメール交換に関しましては、ブログで公開されたコメントのやり取り以外は、自身が望んでいない事、あるいは現在「ココログ」で利用可能なメールサービスが廃止された事も重なり、ブログ開設当初にメールを頂戴した方々を除いては、現在特別にメール交換は行っておりません。
この件に関しましては、今回もこれからも、ご期待に沿う事が出来ないかとは思いますが、是非ご理解頂ければ幸いです。
次回コメントを頂戴する時は、是非訪城後の感想を一筆添えて頂ければと思うのですが、、、

takuさま
「山城をこよなく愛する方には、絶対避けて通って欲しくない城跡の一つ!」
→私にはこの日本語を通訳するとぜひ登ってくださいというように訳してしまう状況です。

「春先には三俣側から林道 を利用して、山歩きを楽しみながら歩いて山頂を目指してみたい、、、今回の直登ルートと比べれば、遥かに山頂までの距離(3km程度)はあるが、雪のない地表の露見した山城も覗いて見たい気がするのと同時に、再び言葉にならないこの達成感も味わってみたい気がするのである。」
はトライされたのでしょうか?

いずれ挑戦したいとは思っております。

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