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2012年2月14日 (火)

大北東城跡(三重県伊賀市)

城跡は三重県伊賀市蓮池にあって、既にリポート掲載を終えた百地砦(百地丹波城)からみれば、県道56号線に面した低丘陵上に位置しており、多くの居館跡が林立する蓮池地区から喰代地区の居館跡の中では、非常に訪れ易く分かり易い場所にある。ただ個人的には、城跡として目星を付けて訪れた場所で、幸いにもこの城跡と巡り合える結果となった訳だが、、、城史に関しての詳細は不明

城跡を訪れるには、先に触れた百地砦を起点とすれば一目瞭然の位置にあるが、二通り考えられる県道沿いからの登城進入口(東と西)は、是非概念図を参考にして頂きたい。車の駐車に関しては、広い道から急に狭くなる付近(城跡東側)に、充分路駐可能なスペースはあるので心配には及ばないだろう。

1route2 登城ルート

3oo 城跡概念図

城跡の形態は概念図を参考にして頂きたいが、伊賀の居館跡らしく主郭背後に高土塁はしっかり施されている。ただ定番とも言える方形居館の形態は採って居らず、郭は大土塁に沿う形で半円状になっており、土塁最高所東に位置する不整形な土塁郭(櫓台と推察)を見る限り、本来形の定まった独立した丘陵上を、切り刻んで構築されたものとも感じられた。空堀は唯一東出郭との境に施されていたが、近年造成されたと思える目の前の県道、農地や住宅地が直ぐ傍まで迫ったこの環境を思えば、後世において相当な地形改変があったものと考えて然るべく、形態としてユニークさは感じられるものの、見たままを当時の縄張りとするには、随分無理がある様にも感じられたのである。当然城跡より道路も含めた南側から、堀切より東側の不整形な東出郭として示した、人家付近の畑地にまでは副郭として縄張りは及んでいたものと思われるが、これらはほぼ見学者の想像に委ねられるだろう。

7shukau 主郭の現状

12_daidorui 分厚い大土塁見所

14_yagura_heki 切り立つ土塁切岸見所

18_kita_yagura_heki北腰郭より櫓台切岸

20_oku_yagura 櫓台付近

21_higasi_horikiri_1 東堀切見所

現状(1月)、概念図に示したまでの遺構は、藪化が深刻化した東櫓台とした土塁郭周辺を除けば、比較的見学し易い状況にあると思って頂いても良いだろう。この後に予定している和田城や入屋敷城などと併せた同日訪問とするのであれば、自ずと城跡巡りとしての効率も良く、残存遺構に見応えまでは期待出来ないが、県道移動ついでに立ち寄れる圧倒的お手軽感を含めれば、充分お薦めは出来るかも知れない。

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