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2012年2月24日 (金)

二氏が尾根先端に軒を並べる 中川氏城跡/竹岡氏城跡(三重県伊賀市)

この二城は三重県伊賀市比自岐にあって、小さな集落から見れば南東尾根先端部に位置しており、竹岡氏城跡は住宅地の直ぐ背後、中川氏城跡はその直ぐ南側へ突き出した丘陵先端にある。二氏が丘陵先端部に仲良く軒を並べた様相は、伊賀の居館跡らしいものではあるが、城史に関しての詳細は不明

城跡を訪れるには、国道422号線を南下した場合、丸山城跡の望める近鉄伊賀線「丸山駅」より683号線に進入して東進、目印とした「比自岐神社」からは、ルート図に示した赤線を辿れば、住宅地前の道路にある広い路駐可能なスペース(画像に注目)までは迷わず辿り着けよう。そこからは概念図に示した進入経路を辿れば、道路から直ぐ望める中川氏城までは、直ぐ辿り着ける筈である。尚、竹岡氏城は、中川氏城から直接雑木藪地を跨いで向かえば直ぐの距離にあるが、一旦山上物見郭まで上り、そこから尾根伝いに向かっても良いだろう。

1route_2 登城ルート

4_enbou_1 城跡遠望

3_1_2 城跡概念図

両城共にその形態は、概念図を参考にして頂ければ分かり易いとは思われるが、この二居館跡以外にも、概念図に示した北側の屋敷跡の様にも窺える削平地、その南背後の土塁の施された郭跡、その背後に位置する見張り台の如き郭跡、更にその山上最高所に位置する詰城(推察)、更にその背後尾根を断つ、麓まで連続する見応え抜群の縦堀なども、間違いなく両城が共有した縄張りの一部として考えられよう、、、両城共に主郭土塁背後には空堀が施されているが、現在中川氏城には、竹岡氏城で窺われる様な四方土塁は残されていない。本来は備わっていたのかも知れないが、、、謎。遺構としての見所は両城共に概念図には示したが、先に触れた空堀及びそれに付随する土塁という事になろう。特に前者の主郭西先端に施された、受け土塁の様な形の大土塁は、非常に見応えが感じられるものであり、後者の四方を廻る土塁やその土塁虎口跡(二箇所)と並んで、充分目は楽しませてくれるだろう。

10_horikiri_dorui 中川氏城背後空堀、土塁見所

16_higasi_daidorui 中川氏城主郭と東大土塁見所

23_higasi_dorui_kaku_1 土塁跡の残る山上郭群見所

30_sita_yasiki 北側の推察居館跡

34_sanjyou_gawatatebori 山上郭壁と縦堀見所

36_fumotogawa_tatebori 麓側の縦堀見所

現状(一月)、中川氏城や先に触れた山上郭群は、木々が少ない事から移動にも難渋せず、比較的見て回り易い状況にあるが、竹岡氏城は主郭内及びその土塁周囲を含めて、多くの低草木や矢竹が蔓延り(密生に近い)、外見から東側に聳える高土塁や、三方を廻る低土塁は確認し辛く、郭移動にも難渋する非常に醜い状況にある。

Dorui 竹岡氏城の低土塁見所

Karabori 竹岡氏城の空堀見所

Koguti 竹岡氏城の虎口見所

Shukaku_nai 竹岡氏城の主郭の現状

取り合えず概念図に示したまでが、自身が踏破確認した範囲であり、目に留まった遺構ということになるが、推察居館跡や推察山上郭群も含めた、ほぼ三城における遺構見学の楽しさや、探索する事の楽しさ、更に丘陵先端部に展開された縄張りを想像する事の楽しさも含めれば、圧倒的お手軽感を含めずとも、充分お薦め出来る物件の一つと自分の目には映ったのである。これを機に訪れる用意のある方には、個人的には所在位置の確認に手間取り、同日訪問とならなかったが、ここから目と鼻の先にある、堀氏城(今後にリポート掲載予定)までは、是非踏破して頂きたい

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