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2012年1月28日 (土)

本郭部の四方土塁と堀切が完存! 諸木氏城跡(三重県伊賀市)

城跡は三重県伊賀市青山町諸木にあって、当時においては狭い集落の全域が見通せたものと察せられる、西側低丘陵上を縄張りとしており、築城環境は山城のそれに限りなく近いものがあるが、伊賀にあっては定番とも言える方形居館跡と呼べるものでもある。城史に関しての詳細は不明であるが、名が語る様に諸木氏の居城が唯一伝わっているが、この地域は霧山城を居城とした北畠氏の威の及んだ範囲とも言えるので、個々が独立した伊賀の国人衆とは違い、北畠氏の家臣であった可能性も否定は出来ない、、、(推察)。

城跡を訪れるには、既にリポート掲載を終えた峯出城若山氏城を起点とすれば、その位置は分かり易いとは思われるが、まず県道29号へ進入する事が先決となる。今回車を預ける事になる、「諸木公民館」を目印として目指す事になるが、この脇から城域南端となる切り通しまでは、山道が繋がっているので、迷わず辿り着ける筈である(5分程度)。

1route 登城ルート

7 進入経路

3m 城跡概念図

城跡のアバウトな形態は概念図を参考にして頂ければ良いが、土塁で四方が覆われた小規模な主郭(15m四方の方形郭)を窺う限り、このスペースが本来の居住空間であったものとはとても思われず、自分の目には櫓台(物見)あるいは詰城とした機能しか浮かんで来なかった。城跡の見所としては、主郭四方を廻る完存に近い形の分厚い土塁が真っ先に挙げられようが、伊賀にあっては定番とも言える高土塁とは違い、内壁高低差は2m程度のものであり、見応えには多少欠けるかも知れない、、、ただその全貌が窺えるコンディションの良さだけは抜群で、その背後を断つ箱堀と並んで、間違いなく見学者の目は楽しませてくれる筈である。個人的には本来の居館跡地は、便宜上南郭とした背後を巨大な土塁(自然地形に近い)で固めた、規模の大きい削平地と睨んだのだが、、、推察の域は出ないものでもある。

9_minamikaku 南郭(居住空間か?)

12_hakobori_1 箱堀見所

13_shukaku_dorui_naiheki_2 主郭土塁見所

16_dorui 主郭内部

19_koguti_yori_gedan 虎口より下段郭

32_nisi_obi 西帯郭

30_nisi_obi_krabori 主郭西側空堀、土塁跡か?

現状(1月)城跡は、一帯が植林地となっている為に木々は少なく、全体の見通しは利き、更に郭移動にも難渋せず、残された当時の遺構はほぼ判別確認可能とも言える、山城としては比較的レベルの高いコンディションの下にある。ただ堆積物による地表風化はそれなりのものがあるので、主郭土塁虎口を始めとして、そこから北東側に向いて重なり合う曖昧な地形から、郭区画までは読み取れないのが現状と思って頂いても良いだろう。もちろん郭壁随所で明瞭な切岸跡は窺えるが、、、

城跡を個人的に評価すれば、伊賀における城跡の多くが丘城という形態の為か、近年の造成農地や宅地造成によって、土塁や郭跡の一部が欠損したり半壊したりしている現状、この城跡の様に、四方土塁がそのまま残存するケースは非常に稀であり、しかもほぼ完存に近いレベルにある、本郭群の遺構としての値打ちは、相当なものと自分の目には映ったのである。よって、自ずと是非お薦めしたい城跡の一つ」という事にはなるだろう。

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三重県の山城跡」カテゴリの記事

コメント

TAKUさん今晩は。
諸木野城のレポート楽しく拝見させていただきました。
諸木野城に行かれたということは、行者山城にも行かれたのでしょうか。
私も年末以来、友人の伊賀の城調査に同行しています。
参考になるかどうか分かりませんが、以下お知らせします。
名張市安田部の尾根先端にある、
「上山氏城」大きな城ではありませんが、城から北に100m上ると堀切が有り
南側は普通に竪堀で落ちていますが、北側は竪土塁を伴って50m降りています。
この北側の谷には、数段の切岸の高い削平地が見られ居館ではないかと思われ、
今後詳しく調べる必要があると思います。
伊賀市阿山町波敷野の
「稲垣氏城」「大野氏城」何れも伊賀特有の土塁囲み城です、「大野氏城」は檜林で
非常に見やすい状態でした。
大山田村の以前レポートされていました轟城の南、中村にある、
「井上氏城」は背後(北)の空堀と土塁が見ごたえありました。
「角部砦」規模は大きくありませんが櫓台と思われる土塁が、藪もなく見やすい
状態です。
伊賀市青山町川上は現在ダム建築中で人家はすべて移転済みですが、
かつては大きな集落が有った様で、その集落の背後の尾根に三ケ所の城があります。
川上城は土塁が高く、伊賀では大きな規模の城ですが今回は一番南にある、
「川上南砦」に行きました。遺構は小規模ですが10m×6mの出口のない穴倉状
の変わった郭がありました。
伊賀市青山町老川は以前レポートされています、峯出城や奥の谷城がありますが、
今回、青山文化センターのすぐ北の尾根にある
「島野氏城」を見てきました。藪が結構大変でした。
以上の城は友人が注目している遺構、土塁上の小さな土塁囲み郭を目的に調査を行っています。
先週からは、視点を変え20m規模の単郭で切岸が高く(5m以上)空堀が取り巻いている
よく有りそうな感じですが、よく考えると伊賀以外では見ないと私は思います。
伊賀市中友生の
「田中氏城」南側は一部土取りの影響で空堀が失われています。
伊賀市阿山町馬場の
「又木谷城」以前レポートされている田矢伊予守城のある河合の北の山上にあり、
登山道はなく直登ですが、藪も少なく登りやすくきれいな空堀が見られました。
伊賀市阿山町石川は以前レポートされている、青嶽山城の地図にある高藤氏城の、
西の丘陵に中山氏に関連する城が六ヶ所有りますが、最近伊賀城研の人たち
により新しく発見されました「仮称中山7号城」が有り見てきました。
最後は、田矢伊予守城のある河合の西にある伊賀市阿山町波敷野に向かって伸びている
尾根上にある、
「堤氏砦」残念なことに猛烈な笹薮でしたが何とか縄張り図を描くことができました。
何かの参考になれば幸いです。
追伸
私が伊賀で一番注目している城は「矢鉢山城」ですが全域笹薮(背は低く酷くは有りませんが)覆われていますので、この時期がベストです。
メナード青山CCの南に隣接しており、道がなくコースの縁を人がいないのを見計らって歩くので、寒い日の朝早く行きます。

TAKUです、ショウカンさんコメント拝見させて頂きましたが、現在の私にとっては、正に絶妙とも言えるタイミングとなりました。たくさんの城跡情報有難うございました。
自身この処、頻繁に伊賀の山城探索に出かけておりますが、今回頂いた情報は、これからの訪問において是非活用させて頂きたいと思っております。
行者山城は以前ショウカンさんに所在地を教えて頂いた事もあって、お薦め頂いた井上氏城と共に同日訪問して来ました。両城共に山城としては抜群のコンディションを誇っており、遺構見学も堪能する事が出来ました、有難うございました。
伊賀の城跡巡りの結果は、これから少しずつリポート掲載をして行く事になりますが、阿保にある桐谷城、喰代にある入屋敷城などは、遺構はほぼ完存に近いものであり、非常に満足度の高い城跡巡りとなりました。
これからの伊賀における山城リポートが、是非ショウカンさんにとって役に立つ事を願って止みませんが、既に訪問された城跡は、当時を懐古しながらでも、リポートを拝見して頂ければ幸いに思います。

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