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2011年12月28日 (水)

険峻な山頂の二峰に跨って築かれた山城 稲津高城跡(兵庫県養父市)

城跡は兵庫県養父市養父町稲津にあって、今年の「取りを飾るに相応しい素晴らしい山城」と見受けられたが、既にリポート掲載を終えた稲津里城の更に北方に聳える、国土地理院地図には城山と表記された、標高約420mの険峻な山頂に位置している。この山城は連続する痩せ尾根移動道を挟んで二峰に跨ったものであり、西城(標高392m地点)と東城(本郭部)の二城で成立したものと見受けられたが、その南麓枝尾根先端に位置する、稲津里城まで含めた三城を併せたものが、この城跡の本質と言っても良いのかも知れない、、、現状城史に関しての詳細は不明であるが、これだけ険峻な山頂に本郭を構えるあたりは、養父地方一帯に威を轟かせ、山城の縄張りを最も得意とした、太田垣氏に関連した山城と推察出来ようか、、、謎

1 登城ルート

7 登山スタート地点

1_2 城跡概念図

城跡の二城併せた形態は、ほぼ概念図に近いものと思って頂いても差し支えないとは思われるが、険峻極まりない周囲が崖上地形の山頂を築城地として選んだからには、この築城環境そのものが充分な防備機能と化しており、自然地形に任せたまま築かれた縄張りプランに、空堀などを含めた縄張り妙味までは期待出来難いものでもある。空堀跡は薄いものを唯一西城の東尾根側で確認する事が出来たが、他では全く目に留まらなかった(見逃した可能性もあるが、、)。しかしこの山城を語る上での最大の見所であり、一番醍醐味が感じられた部分は、これだけ険峻な山頂に築かれたにも拘らず、三郭で構成された東本郭群の規模は非常に大きく、郭間に施された切岸もさることながら、その外壁は今でも切岸ラインが明確に判るほど鋭角に削り落とされている事であり、多大な労力を以って築かれた、佇まいそのものが城跡最大の見所とも感じられたのである。

18_nisijyou_seitan_monomi_2 西城西端物見

25_nisijyou_shukaku 西城主郭

29_kita_yori_shukaku_1 北郭より西城主郭

23_horikiri 西城堀切見所

現状(11月)東西二城共に樹木が少なく移動し易く、郭内の見通しも利く状況(木々の隙間から充分眺望も利く)にあり、高所における山城としては、これ以上望めない状態(素晴らしい!)が自然維持されている。自ずと山登りを苦ともしない山城ファンの方、あるいは険峻な地にある山城に魅力を感じる方には、二峰に跨る本格的山城の醍醐味を味わって頂きたい、是非お薦めの城跡と思えたが、この山城には久し振りに山城賛歌を贈りたい気分にもさせられたのである。

35_1 東城(本郭)の素晴らしい状態

44_heki 切岸見所

42_saigedan_yori_1 全貌の窺える本郭群見所

41_saigedan最下段郭

城跡を訪れるには、稲津里城と同様の訪問ルートとなるので、今回はアクセス方法などは割愛させて頂くが、稲津里城を起点とすれば、その直登ルートも入山口(地蔵堂)も確認し易い筈である。地蔵堂から山頂まではほぼ植林地となっているので、藪漕ぎもなく僅かな踏み跡に任せて上りさえすれば迷わず辿り着けよう。ただこの直登ルートは前が開けているので上り易くはあるが、倒木や露岩の多い激斜面となっているので、取り合えず登山する覚悟とそれなりの準備は必要と思って頂きたい。ちなみに地蔵堂から西城までの所要時間は40分程度であるが、里城がまだ未訪の方にとっては、非常に効率の良い山城巡りとなるのではないだろうか。

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