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2011年12月 4日 (日)

これぞ天空の城と呼ぶに相応しい山城! 龍ヶ城跡(京都府福知山市)

城跡は京都府福知山市一ノ宮にあって、どの地図においても「龍ヶ城」と記された、標高645m(比高約500m)の険峻極まりない山頂に位置しており、標高だけなら丹波の松尾山城(687m)の方が若干勝るが、比高だけなら、近畿圏内においては他に比類なき、「天空の城跡のイメージに限りなく近い山城の一つ」、と自分の目には映ったのである。

城史に関しては、「新宮」交差点の商店脇にあった城跡案内説明板に載せられている様に、南北朝期に成立した山城と見受けられるが、一時的に丹波守護職の地位にあった荻野朝忠の居城を伝えており、私見にはなるが、築城環境をより険峻な山頂に求めた(黒井城、三尾山城、鬼ヶ城、後屋山城など、、)後の赤井氏によって、戦国期までは改修を施しながら機能し続けていた山城とも察せられたのである。

1_2 登城ルート

5 城跡案内板

13 直登取り付き地点

1_3 城跡概念図

城跡の形態は、ほぼ概念図に近いものと思って頂いても良いとは思われるが、険峻な山頂に築かれたが故に、縄張り妙味のある防備機能(空堀の類)には一切期待出来ないものと思って頂きたい。現状(11月)城跡は、四世紀にも渡る風雪に耐えながらも、比較的木々や堆積物の少ない山上主郭は、未だフラットに近い状態が自然維持されており、植林地にあることによって見通しが利き(ほぼ全体像が窺える)、近年人の踏み入った形跡のない山城としては、これ以上望めない素晴らしいコンディションの下にある

15_sentan_kaku_2 直登道中の郭跡(物見か)

17_510m_kaku 510m地点の削平地

34_1 景色

40_shukaku_1 主郭の現状

41_shukaku_nisi_dorui_ato 主郭西、土塁の痕跡見所

43_nisi_karabori_ato_1 空堀跡見所

38_ido_2 溜め井戸跡見所

44_kirikisi_obi_1 帯郭と主郭切岸見所

45_nisi_kirikisi 西側切岸

数少ない残存遺構の中にあっては、僅かに残る土塁跡、空堀の痕跡、主郭周囲を覆う明瞭な切岸、周囲に盛り土まで施された溜め井戸跡などが、見所遺構として挙げられようが、井戸跡に関しては、ここまで高所にある山城で、ここまでの状態のものを拝める事は奇跡に近いとも言えるので、是非期待して臨んで頂いても良いのではないだろうか、このライフラインとも言える水の手(井戸跡)は、当時ここに常駐する人間が少なからずいた事を証明するものでもあり、堀切などの様な城跡遺構と比べれば遥かに見劣りはするが、当時に思いを馳せる上では、充分過ぎる城跡遺構と感じられたのである。個人的に城跡を評価すれば、山登りを苦ともしない山城ファンの方であれば、「満足感も達成感も、両方間違いなく味わえる山城の一つ」、と言う事になろうか。

城跡を訪れるには、国道426号へ進入する事が先決となるが、既にリポート掲載を終えた愛宕山城、あるいは一ノ宮竹石城を起点とすれば、ルート図からも所在位置は分かり易いとは思われる。熊野神社付近の限界集落で聞き及んだ情報では、「過去には峠から山頂まで繋がる山道はあったが、今ではこの山道も土砂の崩落や藪化によって、利用出来るかどうかまでは見当も付かない状況」、更に「40年位前までは思い荷物を背負って二時間かかって峠を越えた」、などと言った事を聞かされた事もあって、迷わず自身が事前に用意した直登ルートを選択する事に及んだ。神社をスタート地点として、標高510mの三角点までは、藪漕ぎのない辛い激斜面(植林地帯)が連続するが、そこから西側の山頂まで木々が少なく、比較的起伏の少ない痩せ尾根上を歩く事になる。ちなみに神社からの所要時間は60分

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京都(福知山)の山城」カテゴリの記事

コメント

国道426号線は兵庫県北部城跡訪問時に何度もお世話になっており、この城跡はいずれと思っていましたが、余りにも激斜面の為に先送りになっていた。

11月3日決行。比高500m、激斜面の連続、道なき道とあるので、久しぶりにフル装備(ロープ、磁石、テープ)して、挑みました。Hpで参考にさせて頂いた、「直登口は砂防ダムの右。沢跡を左に尾根沿い」にだけをヒントに凄い激斜面でした。尾根筋迄、私は約45分掛かりました。

藪漕ぎないので少し助かりましたが、途中ロッククライミングもどきの巨岩出現で。滑るとサヨナラ。スリル満点。尾根直前も超急斜面。

尾根から左に折れ尾根沿いに歩くと突如起伏少なく歩き易くなり、そこから15分。トータル頂上まで60分掛かりました。信州の松本市郊外の山城と同様ダイナミックな山々が望め感激。

なんとこんな高所に井戸跡。でかい。帯郭と切岸以外には遺構は少ないが達成感充分。私なりの天空の城!。
こんなところによくぞ築城したもだと歴史ロマンを思いっきり感じました。
下りは道なき道を迷わない様にヒヤヒヤ。途中3箇所テープつけたが役立ました。磁石、ロープは結果的には使いませんが、いざという時に持参して正解でした。

思い出に残る素晴らしい山城。
間違いなく過去の中でも充実・達成感では5本の指に入りそうです。約1週間経過しましたが、まだその余韻残っています。ありがとうございました。

又この激斜面を最初踏破されたTAKUさんの挑戦もすごいと思いました。なんとなくですが、尾根沿いの道を東に折れると本来の登山道があったかもしれません。平成元年のxx小学校のボロボロの木記念碑(字が読めない)が地面に落ちていましたが、その当時の小学生の健脚ぶりが想像できました。

最後もちょっとしたハプニング。
麓近くで猪の死骸と遭遇し、びっくりしてその反動でストックが眼鏡に当たり、眼鏡損傷。こういうときに備え、予備の眼鏡をリュックに積んで正解。メガネがないと地面が見えないので、ほぼ下り切ったところでのメガネ損傷で不幸中の幸いでした。

ヒデさん、近畿圏内あるいは国内においても屈指の比高を誇るこの山城もついに攻略しましたか、、、
私としてはリポートした甲斐があるのと同時に、あの感動した余韻を再び味併せて頂く事が出来ました。登山道のない山城で、しかも直登しか上る手立てのない山城としては、他に比類なき挑戦し甲斐のある山城の一つです。ヒデさんのチャレンジ精神には今回勇気を与えて頂きました。
同じ市内にある日置城もそれなりに挑戦し甲斐のある山城でしたが、約40分間激斜面の連続するこの山城とは比較対象にはなり得ないかとも思います。
取り敢えず「ヒデさんの無事踏破帰還と、山城ロマンに満ち溢れた天空の城に乾杯!」と言ったところでしょうか、
と同時に、最後のメガネのクダリの部分では思わず吹き出させて頂きましたが、、、(笑)
私も今回のヒデさんのアクシデントで学習させて頂きましたが、改めて予備メガネの必要性を感じた次第です。車中には何時も置いてはいるのですが、、、

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