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2011年12月 2日 (金)

外村城跡(京都府京丹後市)

城跡は京都府京丹後市弥栄町溝谷にあって、外村(トノムラ)集落より川を隔てて南側にある、「萬願寺」背後の丘陵上に位置しており、縄張りはこの丘陵上全域に渡るものと見受けられ、比較的広大な城域を誇る山城の多い丹後にあっては、中規模の部類入る山城と言えるものである。城史に関しての詳細は不明であるが、唯一能勢氏の居城が伝わっており、北摂(大阪)を本拠とした能勢氏との関係(庶流か?)は直ぐに浮かぶものの、現状丹後の能勢氏に関しての情報は皆無に近いものであり、推察の域は出ないものでもある。

城跡を訪れるには、県道53号へ進入する事が先決となるが、先にリポート掲載を終えた楽寺城を起点とすれば、その位置(ルート図参考)は分かり易いとは思われる。入山口となるのは「萬願寺」背後の集合墓地からで、参拝山道で集合墓地最上段まで上り、そこから山上最高所を目指せば直ぐにでも主郭が迎えてくれよう。当然その尾根上にも郭は展開されているので、縄張りを見極めながらの遺構見学となるが、、、

1_1 登城ルート

7 進入経路

1_2 城跡概念図

現状(11月)城跡は、藪化も地表風化も随分進行しており、尾根上郭群から山上主郭に至るまでは、低草木や下草が多く蔓延り、長年の堆積物によって地表(削平地)も露見していない箇所が多々あるが、主郭周辺だけに関しては、意外にましな状態にあると思って頂いても良いだろう。他は郭移動に差し支える箇所も多く見受けられ、自ずと木々の隙間を潜り抜けながらの遺構見学となるが、縄張りの六割程度を踏破すれば由、とした気持ちで臨む事が肝心となるだろう。城跡の形態は、大雑把な概念図を参考にして頂ければ良いが、移動可能な範囲が限られた事もあって、流石に全体の縄張りを掌握するまでには至れなかった。その中にあって見所となるのは、主郭背後に施された僅かに二重堀切に見えなくもない大堀切、各郭群における鋭角に削り落とされた切岸という事になろうが、山上本郭群における周囲斜面上は、踏破する事も外見から窺う事も出来る状況にはなかったので、残存遺構(縦堀など)に関しては、決してこれだけには終わらないものと思って頂きたい。

15 西尾根上の郭群

17_kaku 主郭西側の郭

22_shukaku_heki_1 主郭切岸見所

31_heki 見事な郭切岸見所

25_shukaku 主郭の現状

26_daihorikiri 大堀切見所

28_shukaku_horikiri_heki_1 主郭、堀切壁

遺構見学を目的として臨むのであれば、とても満足感の得られる状況にあるとは思えないが、ほぼ全貌の窺える大堀切が拝める事だけを理由にすれば、山城ファンの方だけには何とかお薦め出来るかも知れない、もちろん状態は決して問わない事が前提となるが、、、個人的に城跡を評価するのであれば、「実に勿体無い山城!」の一言で片付ける事が出来ようか、、、

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