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2011年11月16日 (水)

痩せ尾根岩盤上に佇む小さな山城 岩洲城跡(兵庫県朝来市)

城跡は兵庫県朝来市朝来町山口にあって、標高469mの山頂から北西側に派生する、険峻極まりない痩せ尾根上の岩盤の上に築かれたものであり、城跡自体は標高330m付近に位置している。文献資料による違いはあるが、山口城とも呼ばれており、秀吉による但馬攻略軍によって落城の歴史を伝えている。城史に関しての詳細は不明

城跡を訪れるには、国道312号へ進入する事が先決となるが、播但連絡道路を利用すれば朝来ICが最寄の乗降口となる。入山口付近の目印となるのは、国道と一般道への分岐地点にある「山口護国神社」で、ここから約100m程度北側に歩いた地点の入山口には、「妙見宮」の道標もあるので分かり易いとは思われる。道標から「妙見宮」社殿の建つ本郭群までは、九十九折の下草も生えていない確かな参拝登山道で迷わず辿り着けよう。(約20分)

1_2 登城ルート

1_3 城跡概念図

城跡の形態は、ほぼ概念図に示した通りと思って頂いても良いとは思われるが、主要三郭で形成されたその規模は非常に小さく、本郭群の全長は40mにも満たないものである。その中で判別確認に及べる遺構は数も少ないが、郭跡を除けば主郭背後尾根を断つ二重堀切、郭側壁の石垣跡といった事になるだろう。ただこの二重堀切は左程深く削られたものではないが、痩せ尾根上の自然岩を砕き削ってまで施されたものであり、縦堀となって下まで落ち込む様は、空堀の醍醐味には充分触れる事が出来、城跡にあっては一番見応えを感じるものとなっている。石垣跡に関しては、社殿を区画する石垣は間違いなく近世のものと窺われたが、郭側壁を形成する部分の石垣は、明らかに社殿建立時に構築されたものとは異にする(積み方が違う)ものであり、個人的には当時のものと眼には映ったのである(見学者の推察に委ねられる部分)。

20_shukaku_2 21_myouken_1 本郭群

18_nisi_isigaki_1 石垣跡見所

23_haigo_yagura 本郭背後の巨岩見所

23_haigo_yagura_2 本郭背後、櫓台か

26_2jyuu_horikiri_2 二重堀切見所

29_minami_yori_horikiri 南尾根より二重堀切側

城跡を個人的に評価するのであれば、険峻な地にある楚々とした山城に魅力を感じる事の出来る山城ファンの方には、岩盤を砕いてまで施された、二重堀切が拝める事だけを理由にすれば、間違いなく「是非お薦め出来る山城の一つ」と言えようが、妙見宮からの眺望が抜群な事、参拝登山道で迷わず辿り着ける事を加味すれば、山城ファンの方だけを問わず、一般城跡(史跡)ファンの方にも、是非一度訪れて、当時に思いを馳せて頂きたいと思えたのである。険峻極まりない地の、更に岩盤上に築かれた事自体が城跡最大の魅力でありロマン、この佇まいこそが最大の見所と見た、素晴らしい!

尚、城跡を過大評価するのであれば、標高469mの山頂には本郭群があって然るべきとも考えられた(推察)事から、個人的には更に山頂を目指して上ったが、不覚にも、山頂手前付近の滑り易い砂利状の崖状急斜面に足を取られ、少々手傷を負った事から、山頂までの登頂は断念せざるを得なかった。よって自身が勝手に推察した山上本郭群の有無までは、今回は確かめるまでには至れなかったので、どうかご容赦願いたい。

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兵庫(但馬地方)の山城」カテゴリの記事

コメント

先行者あり さん くだらない書き込みやめてくださいな!!いつもよく拝見させて頂いている山城讃歌にそんな書き込みいらないよ!!

takuさま
いつもありがとうございます。
昨日ここも登城しようかなと思っていました。お蔭様で登城口までは全く問題なくたどり着けましたが、
入口は頑丈なフェンスに針金が何本も巻きつけらておりそれを剥がすのは専門工具が必要レベルで、なくなく登城を断念しました。かなり前に施工されていた感じで針金はかなりの錆でした。物理的に3mロッククライミングすれば、登城できたかもしれませんが。残念ですが、逆にこれはここに無理やり立ち入ったら、怪我するぞと言ってくれたような気がします。

私ごとですが、連休は留守宅の関東に戻ります。
久しぶりに長野県のxx山城を訪問しようかと思っております。

takuさまは又激しい近畿地方の激斜面制覇でしょうか。

ヒデさんには大型連休が待っているのですね、nnnうらやましい。
私は仕事の性格上まとまった休日はとれず、ほぼカレンダー通りといったところでしょうか。よって遠距離訪問は適うべくもなく、今まで通り近畿周辺の山城巡りに落ち着くと思います。
信州あるいは関東の山城も是非楽しんで下さい。
ところで岩洲城なのですが、折角現地まで辿り着きながら、今回の断念は非常に残念でした、、、
もう少ししつこく、ロックされた錆びた針金を解けば、充分フェンスは開閉出来た事と思います、山上には拝殿があり、更にメンテナンス道を経た鉄塔もあるので、人の手で針金が解けない事はなかったと思います。錆びは手に多少付着するとは思われますが、、
又機会があればチャレンジしてみてください。
リポート記事通りの、楚々とした山城の風情は堪能出来る筈です。ヒデさんの健脚を思えば、当然衣笠城訪問ついでに、与布土氏城も訪ねられた事と思いますが、空堀の醍醐味には充分酔いしれられた事と思います。

ご連絡ありがとうございます。
あのしつこい針金を開けるには20分はかかると思い、断念しましたが、TAKUさんのコメントを見て、ぜひリベンジしたいという気になりました。逃げた魚は大きいの気分です。もし憶えていたらですが、TAKUさん登城の時も頑丈に針金で固定だったでしょうか。
与布土氏城址はびんごです。ここはすごく気に入りました。コメントはそのお城のところで入れさせていただきます。
いつもありがとうございます。

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