外見から縄張りのほぼ全体像が拝める貴重な城跡 丹波城跡(京都府京丹後市)
この山城は、比較的大型の城郭の多い丹後にあっても、充分大型の城跡の一つと言えるが、郭の展開される東西に長い低丘陵上全域がそのまま城域とも察せられ、本郭群とも見受けられた西最高所から更に西側は、地形改変の窺われる集合墓地、本郭群から便宜上の東城までの間は、踏破も出来ないほどの竹林雑木密生地となっており、結果的には全体踏破は叶わなかった。よって今回リポートに及んだ城跡は、本郭群より築城時期も新しく(推察)、単独で一城にも匹敵する規模を備えた東城と言う事になるが、丹波城の本質は、あくまで丘陵上全域に渡るものであり、丹後では決して珍しくはない、広大な規模を誇る城跡の一つと自分の目には映ったのである。城史に関しては唯一、由利助之進の居城が伝わっており、この城も他の丹後の城と同様に、丹後攻略軍(細川氏)によって落城した模様。笹ヶ尾城、あるいは笠ヶ尾城の別称がある。
登城ルート
進入経路
城跡概念図
城跡の形態、あるいは踏破確認に及んだ遺構は概念図には示したが、郭を複雑に麓に向いて重ねただけの、古い形態の西本郭群からみれば、この多少整合感の感じられる縄張りは掴み易いものであり、戦国末期にはこちらが本城として機能していた様にも窺えたのである。現状(10月)画像を見ればお分かり頂けるように、城跡全域を覆い尽くしていたと思われる竹林雑木藪は、全て伐採された状態にあり、切岸及び郭跡は全て露見した、遺構見学としてはこれ以上望めない、素晴らしいコンディションの下にあった。相光寺のご住職から、最近伐採されて城の輪郭が初めて露わにされた事を聞き及んだが、遠くから望んでも直ぐ山城のそれと分かる段状になった切岸壁の様相は、当時に思いを馳せる事も容易く、充分戦国ロマンには浸れそうに思えた。「見所は全て露見した佇まいそのもの!」、と言い切れそうには思われるが、城跡の評価としては、自ずと是非お薦め出来る城跡の一つという事にはなるだろう。
城跡は京丹後市峰山町丹波にあって、訪れるには国道482号へ進入する事が先決となるが、その国道沿いにある「丹波小学校」を目印として目指せば分かり易いだろう。車はルート図にある「相光寺」の駐車場に一旦預ける事になるが、城跡への進入口は概念図には示したので直ぐ分かるとは思われる。ただ登城口にあたる突き当たりの住宅には、けたたましく吠えまくる番犬がおり、個人的には近所迷惑になると思われた事から、東側から藪漕ぎしながら上った事だけは付け加えておきたい。下山時は吠えまくりの犬とはなるべく眼をあわさない様にして、住宅にお住まいの方に挨拶だけして足早に去ったが、、、、
此れを機に訪れる用意のある方には、藪化進行中にあり状態は良いとは決して言えないが、ついでに西最高所にある本郭群も含めた遺構見学を楽しんで頂きたいと思えたのである。尚、ルート図中に記した鶴ヶ尾城の現況報告は少し後の予定
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