素晴らしい遺構残存度、三本の豪快な空堀は必見! 東河内城跡(兵庫県豊岡市)
城跡は兵庫県豊岡市日高町東河内にあって、東河内集落から北側の谷筋を上った、標高510m(比高120m)の中腹尾根上に位置しており、現在その主郭と見受けられた広大な郭転用地には、かつてここがフィールドアスレチック競技場であった事を物語るように、その競技道具の残骸が至る場所に放置されていた。城史に関しての詳細は不明
この山城も日高地方に数多く築かれた城跡の一つであるが、現状文献資料などによる実態報告は皆無に近いものであり、個人的には先にリポート掲載を終えた山宮城と併せた訪問となった。当然何の期待もせずに訪れたのだが、山上で目に留まった目を疑るほどの光景には、ただ唖然とするばかりで、最近の山城巡りにおいて今まで味わった事のない衝撃を受けてしまった。しばらくは興奮も収まらず、その辺をうろうろと歩き回っていたが、この険峻極まりない地に、これだけの規模を誇る城郭(山上における郭占有面積が凄い!)、直線で数十mにも及ぶ本郭南端の横堀、本郭土塁背後に刻まれた深さの維持された横堀、副郭土塁背後に刻まれた北尾根を断つ堀切と、横堀から豪快な縦堀が沢まで落ち込んでいく様は、見応えだけは半端なものではないと自分の目には映ったのである。
踏破した範囲で目に留まった遺構は、全て概念図には記したが、このほぼ二郭で形成された、陣城の如き大味は否めない縄張りプランから、特別縄張り妙味は感じられない。しかし、この広大な本郭のほぼ全体像が窺える圧倒的臨場感、本郭西壁の沢まで落ち込む切り立つ切岸などは、先に触れた三本の空堀と並んで、どれも遺構として醍醐味の感じられるものであり、どれも凄い!と思わせるものばかりで、帰路に着くまでは興奮を抑える事の出来ない山城巡りとなったのである。
南端堀切壁見所
城跡を個人的に評価すれば、山上本郭までは迷わず登山道で登れる事、最近まではフィールドアスレチック競技場になっていたが、縄張りの祖形はほとんど失われてはおらず、残存度の高い遺構群が数多く拝める事、当時の状態に限りなく近いと見受けられた、見応え抜群の空堀が拝める事、これだけの材料が揃えば、当然山城ファンの方、史跡ファンの方を問わず、全ての方に訪問をお薦め出来る城跡という事にはなるだろう。特に山城ファンの方には、是非期待して臨んで頂きたいと思えたのである。
城跡を訪れるには、国道482号へ進入して神鍋スキー場を目指すのが一番手っ取り早いが、城跡のある東河内集落に向かうには、ルート図に示した様に西気小学校を目印として、北へ針路変更すればよい。この生活道路の行き止まり地点が登山開始地点となるが、そこにはフィールドアスレチック協会の廃屋があるので、分かり易いとは思われる。そこから城跡までは確かな山道が繋がっており、15分程度で迷わず辿り着ける筈である。
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コメント
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たく様
こんにちは。本日朝一番でここを訪問しました。
7日~9日関西出張だったので、この機会を利用しました。(無理矢理出張を嵌めたという事ではありません)。
前回山田城址を訪問時に、斜向かいのこの城址は未訪問であったことに気が付き、今回は絶対トップバッターで訪問しようと思っていました。
フィールドアスレチックの廃屋があるので、アクセル楽勝と思ったのですが、これが大間違い。
今は何もありませんでした。最初は沢沿いに登ったり(これは違う尾根)、左に折れて九十九折の道を見つけようとするもなかったり、3回程右往左往しました。いつもポケットに詳細地図と磁石は突っ込んでいたのが正解で漸く九十九折の道を見つけました。ここは訪れる人は滅多にいないと思われ、相当見つけにくくなっています。
そんな苦労もあって、大規模な横堀だが出迎えたときはとても嬉しかったです。
そして、ボロボロ廃虚の木造構築物と城郭の調和がなんとも言えない、渋さありました。
この地域でこれ程の横堀と遭遇は記憶にありません。これだけでも大満足です。
これからこのサイトを見て訪問される方にアドバイスです。
2018年11月時点では廃屋はありません。
決して車道(途中でなくなる)の直線方向の沢沿いには行かない様に。正解は左の怪しげな(今は草ぼうぼう)のなんとなく獣道です。それも途中で消えますが、そこで右方向の急坂を見渡すと九十九折が見えます。(最初私はこの右方向を見ず、一旦駐車位置まで引き返しました)
でも楽しめますよ。
他にも幾つか登城しました。いつもの様に別投稿します。
今ノゾミに乗って静岡付近を通過中です。
私の定年まで2年を切りました。このような快感があと数回しかできない寂しさと満足さを今かみしめています。いつもありがとうございます。
投稿: ヒデ | 2018年11月10日 (土) 16時49分
nnnnヒデさん、何時の間に但馬へ、、、
それも豊岡でも更に西に位置する日高まで、
そうでしたか、ヒデさんはこの山城はまだ未訪だったのですね。リポートしてから既に7~8年経ったと思いますが、あの麓にあった競技場家屋は廃屋化していましたか、無理もない事ですね。おまけに登山道まで風化消滅の危機にさらされていたとは、、、これが人の出入りが無くなった山や家屋の末路かも分かりませんね。
それでも楽しめた事で訪れた値打ちは感じられたのではないでしょうか、私も山上尾根に到達したところで、忽然と現れるあの長い横堀だけは絶対に忘れる事が出来ません。見ようによっては陣城らしくも思えたのですが、、、
私も先週は豊岡の山城巡りをしておりましたが、今回も充分楽しめた値打ちのある山城と遭遇出来ました。当然11月中にはブログにアップするつもりでいますが。
恐らくヒデさんにとっては、但馬の積み残し材料となるのではないでしょうか。
投稿: TAKU | 2018年11月11日 (日) 07時49分