連続する分厚い大土塁が見所 タタズノ城跡(京都府福知山市)
城跡は京都府福知山市三和町ユリにあって、樋口氏の持城とも言える川合三城(殿ノ奥城、日向城、経ヶ端城)から見れば、一番南端に位置しており、川を隔てた東側丘陵上に築かれている。
この城跡は、現状城史に関して明確にされている訳ではなく、一応樋口氏の拠った城跡と伝わっている様ではあるが、この陣城の如き大味で、丘陵上ほぼ全域を占める削平の行き届いた広大な郭跡を窺う限り、先に触れた樋口氏の築いたコンパクトにまとまった三城とは、縄張りプランが根底から異なるものであり、同氏が築いた城跡の様にはとても思えなかった。個人的には明智が丹波攻略後に築いた城郭、あるいは陣城として見るのが一番納得が行く様な気がしたのである。もちろんこの城跡の様相から窺われる部分や、城郭としての機能の想像が、遺構見学も含めて一番楽しめる部分でもあるが、これを機に訪れる用意のある方には、明智の足跡を辿る上では、大変貴重な城跡と感じられた事から、縄張り妙味のある城跡とはとても言えないが、当時に思いを馳せながら、存分に戦国ロマンに浸って頂きたいと思えたのである。川合三城と併せた城跡巡りであれば、当然充実した山城巡りが出来る事は請け合いとも言えるが、単独訪問としても充分お薦めは出来ようか、、、
現状(八月)城跡は、城域の全てが植林地となっているので下草は少なく、ほぼ全体像が窺える状態は、遺構見学としては持って来いの、これ以上望めない状況となっている。先に触れた様に、大味な縄張りでもあるので、数多くの遺構を拝める訳ではないが、東尾根を断つ、堆積物によって浅くなった幅のある大空堀(横堀)や、それに付随する随分高低差の失われた分厚い大土塁(全長50m以上)は、郭間に施された低い切岸跡、あるいは北斜面を垂直に近く削り落とした、正に圧巻とも呼べる切岸と並んで、間違いなく見学者の目は楽しませてくれるものと思えた。他では空堀(横堀)から垂直に落ち込む縦堀、当時の遺構かどうかの判定は難しいが、麓から主郭まで繋がる空堀道(現状、山道)なども、決して見逃して欲しくない遺構と見た。ついでといった形で、郭壁随所に石積の痕跡(推察)が僅かに窺えた事だけは付け加えておきたい。
城跡を訪れるには、既にリポート掲載を終えた川合三城と同様の訪問ルートとなるので、今回は割愛させて頂くが、「常楽寺下バス停」を目印とすれば、そのほぼ南側の城跡の位置する丘陵は直ぐ確認出来る筈である。概念図に示した入山ゲートを潜った後は、どこから上っても直ぐの距離にあるが、概念図に示した付近の獣避けネット下を潜って、直接山上主郭を目指しても良いし、右手側の尾根先端部辺りから、空堀道(溝状)に沿って上っても良いだろう。
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takuさま
30日にここも訪れました。露岩には石積みあって当時の館跡の様な気がしました。気温は高かったですが、木陰で意外と涼しかったです。
平城でしか見られないような大土塁と大空堀があって広大な郭跡。満足レベルでした。
下山後地元の人が私の姿を見て近くにも沢山山城(いくつかは私は訪問済でしたが)があること及びこのタタズノの地名は城が立たないからこの名前が付いたと解説してくれました。
地元のふれあいも面白かったです。ありがとうございました。
投稿: ヒデ | 2015年6月 1日 (月) 09時48分