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2011年9月 3日 (土)

金岐城跡(京都府亀岡市)

城跡は京都府亀岡市大井町北金岐にあって、既にリポート掲載を終えた太田城から見れば、真北側の標高約300m地点に築かれたものであり、標高431mの行者山から南東へ派生した山上尾根にある。城史に関しての詳細は不明であるが、地表風化の進行した状態や、城跡の古い形態から察すれば、築城年代は相当遡るものとも見受けられた。城史に関しての詳細は不明

城跡を訪れるには、京都縦貫自動車道の「大井」ICを目印として目指せば、ルート図を見ればお分かり頂ける様に、城跡の位置は確認し易いだろう。入山口となるのは「常観寺」で、駐車場からの登城ルートは概念図には示した。ここから最奥にある砂防ダムまでは林道が繋がっており、ダムまで辿り着いた後は、右手側の尾根に取り付いて上れば、便宜上の東出郭を通過して、北郭周辺には迷わず辿り着けるとは思われる。ちなみに寺院から北郭までの所要時間は25分

1_1 登城ルート

10 登城進入口

1_2 城跡概念図

この山城は先に触れた様に山城の初期形態を成すものであり、意外に規模は大きく(砦規模を予想していた)、南北に渡る郭総全長は二百mには達しそうに感じられた。大雑把な形態は概念図に示したが、本郭部に付随する帯郭や小規模な段郭群、あるいは移動尾根にあたる鞍部削平地を挟んで、山上郭群はほぼ二ブロックに別れており、郭間にも斜面にも空堀の類は一切施されてはいない。数少ない遺構の中にあって、自身が当時の遺構として判別確認出来たものは、城域北端に施された土橋状の上り虎口、郭跡の随所で窺われる明瞭な切岸跡(特に北郭と本郭群)自然岩を取り込んだものと窺われる虎口地形僅かに窺われる土塁跡などで、自ずと目に留まる遺構は限られたものとなっている。堆積物による地表風化も、表土の流出も相当進行している事から、郭跡とするには曖昧な地形も数多く、当時の縄張りを見極めるのは至難の技でもあるが、取り合えず山城としての風情は充分味わえるといった処か、、、、

16_heki 北郭の明瞭な切岸見所

20_sizen_koguti_1 北郭における虎口地形見所

22_honkaku_heki 主郭の虎口地形と切岸

24_honkaku 主郭における僅かな土塁跡見所

26_kirikisi 27_obi 主郭切岸と帯郭

30_minami_dankaku_2 南段郭

40_kita_dobasi_tikei 北端の上り土橋見所

現状(八月)風化と並んで藪化も当然進行中にはあるが、行者山に向いて山道(一部踏み跡程度)程度のものはあり、その山道も郭内を通過しているので、遺構見学に差し支えるまでには至っていない。南段郭側へ向かうほど雑木は蔓延っており、郭移動も中々困難を強いられる状況となっているが、郭跡を外見から確認出来る分だけまだましとは思えた。城跡を個人的に評価すれば、古い形態の山城ではあるが、山上は意外に雑木密生までには至っておらず、訪れるに際して過大な期待さえ持たなければ、実態報告のほとんどされていない山城と見受けられた事から、興味を持たれた方が覗く分には、充分訪れる値打ちも生まれて来るのではないだろうか、、、

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コメント

山城賛歌(亀岡市金岐城跡)興味深く拝見した。
未調査山城跡の一つでもあり、地元の文化遺跡として後世に遺されるべきと現状を憂うものです。
山城遺跡等は素人ですが、元歴史教員として多くの歴史ファンの関心が高まることを期待します。
なお、金岐城跡は当方の持山です。
さらなるデータをご提供下さい。

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