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2011年8月14日 (日)

砦の域は随分はみ出た一城に匹敵する城跡 奥八代南山砦跡(兵庫県豊岡市)

城跡は兵庫県豊岡市日高町奥八代にあって、既にリポート掲載を終えた八代城の中では、所在位置だけは間違いないものとしてルート図には記したが、初回訪問時においては、外見から城跡を望んだ限り相当な藪城が予想された事により、訪問時期を新たに冬季に切り替えた経緯がある。

今回はしばらく遠ざかっていた日高町の山城巡りの機会に恵まれたお陰で、ついでに当地を訪れる事になったが、山上主郭まで向かう墓参道は新設され、更に雑木密生地と見受けられた山上の木々は伐採され、山城としてみればほぼ遺構の全貌が窺える、しかも縄張りの掴み易い素晴らしい状態に改善されており、今回やっとその実態をリポートする事が叶えられた。城史に関しては八代城の西を抑えるが為の、奥八代砦の一つと伝わっているが、縄張りプランや規模、全て切岸化された城郭としての本格的な佇まいを見る限り、名前が語る砦の域は随分はみ出した、一城に匹敵するほどの城郭と自分の目には映ったのである。

1_2_2 登城ルート

3 城跡概念図

城跡を訪れるには、先に触れた八代城を起点とすればその位置は分かり易いが、八代城からは県道1号で西進して、目印とした「光顕寺」を目指せば良い。城跡は県道を隔てた南側の丘陵上に位置しており、道路沿いにある城址の記された史跡案内板からは直ぐにでも確認出来よう。墓参道を利用してそのまま上り切れば、5分とかからず山上郭群が迎えてくれる筈である。

現状(七月)城跡は、先に触れた様に遺構の全てが判別確認し易い、素晴らしい状態が自然維持されており、遺構残存度、その状態共に山城としては非常に高いレベルにあると思って頂いても良いだろう。その形態は、山上部分だけに城域が限られるものと思われた事から、踏破した範囲と確認に及んだ遺構も含めて、ほぼ概念図に近いものと思って頂いても良いとは思われるが、横堀に近い空堀と南側尾根を遮る大堀切、更に直立に近く切り立つ状態の良い切岸跡が、城跡における最大の見所遺構と言っても良いものだろう。城跡規模は郭総全長が100mを超える程度ではあるが、主郭を中心として斜面上に重なる腰郭や北段郭群が、城郭をより大きく見せている。

10_kita_doruikaku 北段郭群

11_heki 見事な切岸

13_shukakheki_yokobori 横堀と主郭切岸見所

15_yokobori_2 横堀(側面より)見所

18_shukaku_1 主郭の現状

19_shukaku_dorui_2 主郭土塁見所

26_minamikaku_obi 南郭群、東帯郭

28_minami_horikiri 南大堀切見所

城跡を個人的に評価すれば、この遺構群を前にすれば、訪れて落胆する様な事は決して有り得ないと思われた事、圧倒的お手軽感、遺構残存度の高さ、状態の良さなど全て含めずとも、史跡見学者を含めて是非お薦めしたい城跡の一つと思えたが、後でリポート掲載を予定している、対岸山上に位置する奥八代宝城砦との同日訪問は、山城ファンの方には何としてでもお薦めしたいと言ったところか、、

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