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2011年8月 6日 (土)

知名度には欠けるが、見応えのある豪快な山城! 奥大野城跡(京都府京丹後市)

城跡は京都府京丹後市大宮町奥大野にあって、既にリポート掲載を終えた光明寺城から見れば、小さな川と集落を挟んだ北西側の丘陵上に位置しており、現在かつての郭転用地とも窺える丘陵尾根東端の削平地には観音堂が建立されている。城史に関しては山口氏の居城を唯一伝えるが詳細は不明。推察にはなるが他の丹後の城と同様に、細川氏によって落城させられた可能性は高いものと考えられる。

城跡を訪れるには、先に触れた光明寺城を起点とすれば分かり易いので、今回は訪問ルートの説明は割愛させて頂くが、城跡周辺からは概念図に示した赤線を辿れば、観音堂までは迷わず辿り着ける筈である。

1route 登城ルート

6 進入経路(参拝道)

3a 城跡概念図

この山城も城域が広く、巨大と呼ぶに相応しい大型の山城が林立する丹後地方においては、充分その中の一つに加えてもおかしくない山城の一つと思われるが、規模の大きい山上主郭から四方枝尾根上、あるいはその斜面上に重なり合う郭群を窺う限り、充分それは納得出来る筈である。今回の訪城においては、途中から降り出した大雨によって下山を余儀なくされた事から、城跡概念図も本郭周辺だけといった中途半端なものに終わってしまい、その実態を説明する事は中々難しいのだが、敢えて概念図に描き切れなかった部分を補足させて頂きたい。

11 観音堂(郭転用地か)

20_kirikisi 状態の良い切岸(全ての郭に共通)見所

23_minamikaku_hakobori 南郭群箱堀見所

2745_higasikaku_gun_2 東郭群

まず主郭から東側に連なる規模の大きい二ノ郭や三ノ郭からは、便宜上の東郭群として観音堂敷地付近までは六郭以上の郭が連なり、その間に堀切は設けられてはいないが、直立に近く削り落とされた切や、主郭に向いて重なり合う郭群防備の要となっている。主郭南斜面側にも郭は数段に渡って展開されており、そこでは埋もれて浅いが堀切(箱堀)が拝めよう。とにかく主郭から東側一帯は全て郭群で固められていると思えば分かり易いかも知れないが、山上主郭から東麓に向いて展開される郭群の郭占有面積は相当なものであり、その見応えも抜群なものとなっている。主郭周りに関しては概念図を参考にして頂きたいが、西背後における大堀切とその高低差のある切岸主郭背後に備わる大型土塁、更に西山上郭端の二連の片堀切(縦堀が見事!)は充分見所遺構として挙げられよう。

31_shukaku_1 主郭の現状

32_dorui_1 大土塁見所

35_daihorikiri_1 西大堀切見所

43_seitan_2jyuu_tatebori_1 西端片堀切見所

城跡を個人的に評価すれば、この時期(七月)の山城としては藪漕ぎ移動もなく見て廻れ、比較的見学し易い良い状態にある事、既にリポート掲載を終えた大型の山城、常吉城、金谷城などと比べても城郭としては全く遜色ない事、縄張り変化にも富んでおり、機能の想像を含めて楽しめる部分が多い事、残存遺構に見応えがある事、圧倒的お手軽感などetc、、 これらを全て含めずとも、とにかく是非お薦めしたい山城と自分の目には映ったのである。

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京都(丹後地方)の山城」カテゴリの記事

コメント

TAKUさん今晩は、久しぶりです。
本日(8月6日)福知山の姫髪山に行ってきました。
以前のレポートに有りました、標高247mの城郭遺構を確認後、北の標高310mピークに登り此処で遺構を確認しました。一旦標高247mの城郭遺構に戻り図面を書いたのち東へ尾根伝いに標高220mのピークで城郭遺構を確認し、北東に尾根を進み標高200mピークでの城郭遺構を確認し以上合計4か所の城郭遺構を確認することが出来ました。
他に、国土地理院の二万五千分の地図では等高線が明確に出ていませんが、標高310mピークから
南西に延びる尾根上に8段の削平地が見られました。他にも数か所の削平地を確認しています。
以上が今回確認した内容ですが、一番東の標高200mの遺構は切岸が非常に明確で見ごたえのあるものでした。
以上簡単ですがお知らせします。

Takuさま
未訪問の京丹後の城址を幾つか本日訪れました。

観音堂までのアクセスはとても参考になりました
少し遠い所に車を停めてしまって少し街中を歩くことになったのですが逆に機織りの音が聞こえ城以前に楽しめました。

観音堂から適当に登る訳ですが藪漕ぎなくかつ適度に斜度あり山城らしさ楽しめました。段曲輪、高い切岸は見事。大満足です。

確かにここの生活道路は狭かったですね、駐車に一苦労させられた記憶があります。

都心ではまず聞く事も出来ない機織の音が、丹後では普通に聞くことが出来、なつかしい昭和の時代が思い起こされます。
こういった路地を通過して数分で登城できる山城は、今となっては大変貴重な存在なのですが、やはり丹後の山城ならではのものでしょうか、、、
それにしても楽しめた山城でした。

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