田尻城跡(大阪府豊能郡)
この城跡は既にリポート掲載を終えた能勢町にある杉原城と同様に、個人的には今まで全く城跡としての認識がなく、ブログ読者の方からの情報により、初めてその存在と所在地を知り得た城跡の一つでもあるが、文献資料の類に田尻御所として呼ばれ記載されている山城は、別称「田尻東山城」として別に存在するので、この城跡と混同しない事が必要。城史に関しての詳細は不明
城跡は大阪府豊能郡能勢町下田尻にあって、「長久寺」直ぐ背後の丘陵上に位置しており、訪れるにはこの寺院を目印として目指せば迷わず辿り着けよう。城跡へは取り付き易い場所から上り始めれば良いが、画像に示した寺院駐車場の近くから上れば木々が少なく、比較的上り易いのではないだろうか。五十m程度を上り切るだけなので、直ぐにでも(5分強)山上主郭が迎えてくれる筈である。
現状(八月)城跡は、全てに渡って自然任せの荒れ放題となっており、下草はほとんどないものの、郭跡及びその切岸壁までも覆う倒木を含めた堆積物によって歩き辛く、郭跡は削平跡すら確認も出来ないほどの凸凹地形と化しており、遺構見学にも郭移動にも差し支え、残存遺構をゆっくり味わう事も出来ない、遺構見学としては楽しむ余裕の無い状況にある。ただ救いは比較的見通しが利く事によって、堀切や縦堀などの遺構はそれなりに確認し易い状況にある事で、取り合えず概念図に示したまでの遺構は、一部で窺われる明瞭な切岸跡と並んで、山城ファンの方であれば充分判別確認可能とは思われる。この状況の中で見所を敢えて挙げるのであれば、主郭背後に備わる見応えのある堀切、土塁の付随する横堀(縦堀へ繋がる)、斜面上に施された縦堀という事になろうが、これだけの手付かずの遺構が揃っていながら、状態の悪さが足を引っ張って、中々城跡としての良いイメージが湧いて来ないのが現実と言えようか、、、
今回の訪城では郭跡を覆い尽くす堆積物によって郭構成さえ掴む事が出来ず、縄張りも含めて掴めないままに終わってしまったが、これが近年人の踏み入った形跡の無い本来の山城の姿とすれば自ずと諦めも付くし、状態は悪いが城郭としての祖形は全く失われていないと感じられた事から、城跡としての史跡価値は決して下がらないものと自分の目には映ったのである。取り合えず空堀(縦堀を含めた堀切と横堀)が拝めるだけの理由で、能勢の山城に興味を持たれている方だけには何とかお薦め出来るかも、、、、
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