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2011年8月12日 (金)

四辻城跡(京都府与謝郡)

城跡は京都府与謝郡与謝野町四辻寺山にあって、この山城の実態を含めた情報が、現状皆無に近い(唯一赤井氏の居城が伝わる)こともあって、どれだけの城域をもったものかは最後まで分からずじまいに終わったが、自身が今回踏破した範囲と、当時の城跡遺構であると、ある程度確信を持てた場所はルート図中に緑色で示した。標高185mの山頂が山上主郭と見受けられ、四方枝尾根上に郭は分散展開されているようにも見受けられたが、現状の地表風化の進んだ地形、あるいは曖昧な切岸ラインからは中々縄張りの把握は難しく、更にその全ての枝尾根を踏破した訳ではないので、残存遺構も城域もルート図に示した限りではないものとは思って頂きたい。

城跡を訪れるには、既にリポート掲載を終えた伊久知城を起点とすれば、その位置も訪問ルートも分かり易いとは思われるが、市場小学校の北側の道路より人家の間を抜ける生活道路が、直登取り付き地点とした枯れ池傍まで繋がっているので、それを利用して歩いて北上すれば良いだろう。ここから尾根に沿って上れば、25分程度は要すが、藪漕ぎもなく迷わず山頂までは辿り着けよう。

1_2 登城ルート

1_3 城跡遠望

現状(七月)城跡は、先に触れた様に形態が古い為だとも思えるが、相当地表風化が進行しており、削平の行き届いた小規模な主郭は別として、他の山上における郭群(北尾根郭群、西尾根郭群)は、僅かに郭外壁に切岸跡は窺えるが切岸ラインが明瞭でない事もあって、郭構成までは把握し難い状況にある。山上郭群における全体の状況は、この時期にしては比較的歩き回り易い状態が自然維持されており、遺構見学に差し支える事はないが、見応えのある遺構は望めないものでもある。この中で敢えて見所を挙げれば、北尾根郭における僅かに土塁が廻る郭跡、西尾根先端部に形成された大型の土塁を伴う虎口跡らしき地形、と言う事になるが、この地表風化の進行した状況を思えば、これらを当時の遺構と断定するには少々無理があるのが現実とも言えようか。ただこの大型の虎口地形だけは唯一見応えは感じられたが、、、 尚、直登道中の南尾根上では明らかに削平された空間と、片堀切地形が窺われた事だけは付け加えて置きたい。

12_karabori_tikei_1 尾根上の堀切地形

16_25_2 山上主郭

20_dorui_tikei 北郭の土塁地形

25_nisikaku_obi_1 西郭群における帯郭

27_karabori_koguti_tikei_1 空堀虎口地形見所

26_nisikaku 西郭群

城跡を個人的に評価すれば、「この山城に興味を持たれた方だけが訪城の対象となる山城」と言っても良いのかも知れない、、、、

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京都(丹後地方)の山城」カテゴリの記事

コメント

TAKUさん今晩は。
以前紹介されていました、京丹波町三宮の「三宮城」の東、レポートの中にも記載が有りました「三宮東城」が現在発掘調査中ですので、今日作業中でしたが見学させてもらいました。丹波綾部道路のため消滅してしまう様です。なお現地説明会は9月に開催されるようです。10数年前に登った時の印象とはかなり異なり、調査で山頂部(主郭)で3棟の礎石建物(他の郭にもう一棟)検出されているのには驚きました。染付などの遺物も出ておりかなり生活感が有りました。その他以前には明確でなかった主郭南の4本の竪掘りが明確に出ていました。
その他注目の遺構は主郭南部の下の郭から上がる虎口(一部石組)を見る事が出来ました。
参考になればと思いお知らせします。

TAKUです、ショウカンさんリアルタイムでの城跡情報有難うございました。
三宮東城を訪れた後での印象は、ひどい藪城ではありましたが、西城より規模は大きく、見応えのある堀切や切岸跡には、状態の悪さを超えて感動した事を覚えております。
自身の山城巡りは、縄張りの把握より先に、まず構築物(遺構)そのものに触れて、当時に思いを馳せる事を主眼に置いたものですが、調査後に道路造成工事によって消滅するとの事、、、四世紀を超えて現在まで至った、ほぼ手付かずの完存とも見受けられた構築物が、こうも簡単に葬り去られるとは、「とにかく残念!」と言う言葉しか浮かんで来ません。
既に遺構見学は終えたとはいえ、自分も含めて保全整備された東城を期待していた山城ファンの方々にも、非常に残念な結果となった様に思えます。
このコメント記事を拝見された未訪の方々には、是非消失する前に訪れて、遺構見学を楽しんで頂きたいものです、、、、
何時もの事ながら、ショウカンさんの鮮度の高い情報には感謝している次第です。

TAKUさん今晩は。
食傷ぎみかわかりませんが、姫髪山城の第二報です、本日姫髪山から北に延びる尾根が六十内の集落に落ちこむ手前の260mのピークに京都府の遺跡地図には「六十内城」のマークが有りましたので確認に行きました。
結果は、山頂部の北と東側に約2m切岸で腰郭を伴う5m四方の郭とそれから西側に自然地形かどうか判別しがたい平地が2段を確認しました。
かなり厳しい山登りを行って行くまでの遺構では有りませんが、姫髪山に関して他の尾根にも遺構の存在を考えさせるものでした。

TAKUです、コメント拝見させて頂きましたが、ショウカンさんも六十内城へ訪城された様ですね。
私も昨年山城ファンの方からのメールで、この山城の存在を初めて知ったのですが、この方は明確な遺構に遭遇出来なかった事から、是非私に一度覗いて、この地が城跡であるかどうかの確認をして欲しいとの内容で、自身も好奇心から早速260mの峰まで上って見ました。
私も恐らくショウカンさんと同じものを見届けて来た事になりますが、狼煙台程度の規模でもあり、城跡遺構と断定するには決め手に欠けた事もあって、ブログ掲載は断念した経緯があります。
所在地を誤認した可能性もあると思い、日を改めて真南側の290m地点にある峰も踏破しましたが、むしろ此方の方が、尾根上の片堀切地形の存在から、よほど城跡らしく感じられた事を覚えております。ただ後世における山道の可能性もありますが、、、
個人的には未だにこの地が城跡なのかどうかの判断を下せるまでには至っておりませんが、遺跡地図にマークが付いていたのであれば、間違いなく調査を終えた山城であり、260m地点が城跡ということにはなりそうですね。
私としては今でもこの地がかつての城跡とは納得出来ず、釈然としないまま現在に至っておりますが、個人的にはまだ未踏となっている三角点のある201mの峰が怪しいと睨んでいます、、、?
六十内集落から山上に至るまでの、長い厳しい道程を考えれば、再々訪があるとはとても思えませんが、また新しい情報でも入れば、是非お願いしたいと思っている次第です。

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