« 奥八代宝城砦跡(兵庫県豊岡市) | トップページ | 下条城跡(京都府亀岡市) »

2011年8月18日 (木)

森本星ノ内城跡(京都府京丹後市)

城跡は京都府京丹後市大宮町森本星ノ内にあって、先にリポート掲載を終えた森本大谷城から見れば、竹野川を隔てて真南側の丘陵上に位置しているが、現在この丘陵先端部は古墳発掘調査が行われており(既に終わったか?)、見る限り古墳自体も山上本郭群からみれば、西出郭として機能していたものの様に目には映った。実際この山城を紹介して頂いた地元の方(この地区の史跡には詳しい)からは、古墳の所在地が城跡であると聞くに及んだので、地元ではこの地が城跡として認識されているようにも思われたのである。ただ訪問結果としては、先に触れた様に古墳の東側山上には堀切で守備された本郭群が存在していた事実もあって、古墳も縄張りとして取り込んだものが、この星ノ内城の本質であるとも思えたが、、、城史に関しての情報は現状皆無に近く、詳細は不明

尚、この森本星ノ内地区に現存する城跡は、地元でこの山城も含めて四城紹介して頂いたが、城跡呼称に関しては地元の方も全くご存知なく、今回のリポートにおいては、丹後の山城のほとんどが地域名(字名)を城跡呼称としている事から、ほぼ間違いないと思われる「森本星ノ内城」を城跡呼称として採用させて頂いた。ただこの地域(星ノ内)にはまだ未訪の山城が北側に三城残っており、この山城が南端に位置している事から、区別する為に「星ノ内南城」と呼ばれている可能性もあると思われるので、城跡呼称に関しては柔軟に対応して頂きたい。

1_1 登城ルート

5 城跡進入経路

1_2 城跡概念図

現状(七月)城跡は、近年人の踏み入った形跡はほとんど見受けられず、当然藪化も地表風化も相当進行中にあるが、概念図に示したまでが踏破に及んだ範囲であり、判別確認可能な遺構群と思って頂ければ良いだろう。特に見応えのある遺構にはお目にかかれなかったが、山上主郭の西側に目に留まる土橋付きの二重堀切(埋もれて浅い)、主郭背後の尾根を断つ二連の堀切が、唯一無名に近い城跡の存在感を醸している。この城跡の削平の甘い郭跡や切岸における風化の進行具合から、自ずと古い形態の山城であるようにも感じられたが、森本城あるいは三重城に近い環境にある事や、縄張りに堀切が施されていることを思えば、それなりの機能を担っていた山城ということになるのかも知れない、、、

9_kitakau 13_minami_yori 古墳の転用と見受けられる西出郭

19_2jyu_horikiri 二重堀切見所

20_horikiri_dobasi 堀切土橋見所

22_shukaku 主郭の現状

24_shukaku_haigo_horikiri 主郭背後の堀切1見所

25_niren_horikiri_1 堀切2見所

城跡を訪れるには、森本大谷城と同様の訪問ルートとなるので今回は割愛させて頂くが、ルート図あるいは概念図に示した様に、橋梁工事現場傍から直登すれば直ぐにでも古墳までは辿り着けるだろう。そこから真東の山上を目指せば、多少の藪漕ぎは仕方がないが10分内で主郭までは到達出来る筈である。

城跡を個人的に評価すれば、遺構に見応えは全く感じられなかったが、それでも興味を持たれた山城ファンの方だけには、森本地区における山城巡りの一環として、何とかお薦め出来るかも知れない、、、

« 奥八代宝城砦跡(兵庫県豊岡市) | トップページ | 下条城跡(京都府亀岡市) »

京都(丹後地方)の山城」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1070646/40697592

この記事へのトラックバック一覧です: 森本星ノ内城跡(京都府京丹後市):

« 奥八代宝城砦跡(兵庫県豊岡市) | トップページ | 下条城跡(京都府亀岡市) »

無料ブログはココログ