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2011年7月25日 (月)

森本大谷城跡(京都府京丹後市)

城跡は京都府京丹後市大宮町森本にあって、既にリポート掲載を終えた森本城からみれば南西側の丘陵上に位置している。城史に関しての詳細は不明であるが、成吉越中守の居城を伝える森本城との距離、規模、あるいはその築城環境までも考えれば、自ずとその出城機能は察せられるかも知れないが、推察の域は出ないものである。

城跡を訪れるには、森本城と同様の訪問ルートとなるので今回は割愛させて頂くが、京阪神側から訪れるのであれば、国道312号を経由し、655号へ進入して森本地区へ向かう事になる。城跡までの進入路は概念図には示したが、かつての古道(現状畦道)を利用して切り通し(堀切)手前まで向い、その付近から左手の削平地が連なる斜面に取り付いて上れば、10分内で山上主郭まで辿り着ける筈である。

1 登城ルート

8 進入経路(切り通しへ)

1_1 城跡概念図

以前森本城を訪れた際には、この大谷城の所在位置の見当は付かず、目星を付けた丘陵上の南西端だけの踏破に終わり、藪に阻まれて丘陵上を縦断する事は叶わなかった。その時はそれらしい削平地の確認は出来たのだが、他で城跡遺構と断定可能な遺構(堀切など)は目に留まらず、又月を改めて赴くつもりで帰路に着いた記憶が残っている。今回は地元で年配の方に城跡を尋ねたお陰もあって、直ぐに所在地の回答は得る事が出来たが、おまけとして前回踏破した場所(丘陵南西端)は、地元においては現在でも砦跡と伝承に残る地 である事も判明した。もちろんこの大谷南西砦を含めたものが森本大谷城の本質であるとは思われるが、、、1_2

南西砦跡

現状(七月)城跡は藪化は相当進行中にあり、小規模な主郭に至っては全域が草木に覆われており、郭内には落ち着いて佇む事も出来ない状況となっている。自ずと郭全体像は窺う事が出来ないが、その背後に施された三重堀切だけはほぼ全体像が窺えるものであり、何とか訪問した甲斐はあったと一人胸を撫で下ろすのである。城跡の本郭群周りの形態は、ほぼ概念図に近いものと思って頂いても良いとは思われるが、主郭から東側に向いての斜面上は雑木密生地につき踏破確認には及んでいないので、残存遺構もこの限りではないものと思って頂きたい。

12_touge_kiritoosi 切り通し見所

18_dorui_ato 北郭における僅かな土塁跡

20_shuaku_nai_1 主郭の醜い現状

22_3jyu_horikiri_2 三重堀切の一部見所

28_horikiri3_1 三重堀切の末端見所

30_horikiri3_haigo 堀切背後

城跡を個人的に評価すれば、見所は小規模な主郭を守備した形の三重堀切だけと言っても過言とは思えないものであり、この状態の醜さも含めれば全ての城跡ファンの方にお薦めとはとても言い難いが、このリポート記事に興味を持たれた山城ファンの方だけにはお薦めしたいと思うのである。理由を聞かれれば「大土塁を付随させた三重堀切の醍醐味は、非常に捨て難いものがある」と感じられたからと思って頂ければ良いだろう、、、、

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