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2011年7月 9日 (土)

かつてこの地を巡っての攻防が歴史に残る 滝上山城跡(京都府宮津市)

この山城に関しては、中世においてこの谷と山及び山麓にかけて、一色氏に対しての武田氏、細川氏連合軍による攻防戦の歴史が伝わっており(沢沿いにある案内板にも記述)、当時この「如願寺」付近一帯が戦場と化した事は言うまでもないが、今回リポート掲載をした城跡が、丹後史の中に登場する山城としての「如願寺城」なるものかどうかは、この地区には細川氏あるいは京極氏時代の城跡(宮津山城)も現存している事から区別も付き難く、おまけにリサーチ不足のせいもあって現状判明せずにいる。よって今回は本郭群から見れば東側にある展望所の設置された滝上山(標高約120m)山頂部が、縄張りの一部(物見出郭と見受けられた)と察せられた事から、仮名)滝上山城跡あるいは推定)如願寺城として紹介に及ぶ事になった。城跡呼称が判明次第報告予定

1 登城ルート

1_2 現地観光案内板より

1_1 史跡案内板より

3djpg1 城跡概念図

尚、案内板には滝上山の西側に「狼煙嶽」があったと記述にあるだけで、その所在地までは明確にされていないが、展望所から西側に聳える高い山がそれの様にも感じられた。明らかにそれと分かる城跡遺構は、その推定「狼煙嶽」から滝上山の中間部にあたる中腹尾根上に位置しており、登山道の一部が主郭内を通過している事から、山城ファンの方であれば概念図中に示した尾根を断つ堀切(箱堀)、削平及び切岸処理の行き届いた広い主郭跡、連なる南段郭群、階段上の帯郭や鋭角なまでの切岸跡などを見れば、状態が比較的良いことからも、誰でも判別確認は容易い筈である。結論から先に述べれば、この地をまだ城跡として認識のない山城ファンの方、あるいは史跡ファンの方も含めて、是非一度訪れて遊歩道に近い登山道に任せた山歩きを楽しみながら、遺構見学も含めて山麓における如願寺などの史跡巡り、あるいはその当時の攻防の歴史も含めて、存分に戦国ロマンに浸って頂きたいと思えたのである。特に山歩きを楽しまれる方には、滝上山展望所からの眺望(天橋立の全景が望める)が素晴らしい事だけはお伝えしたい。

9_higasi_demaru 滝上山展望所(推定東出郭)

15_horikiri_1 堀切(箱堀)見所

18_shukaku_gedan_1 主郭東郭

22_shukaku_yori_2maru_2 主郭より二ノ郭

21_shukaku_obi_1 帯郭と主郭切岸見所

23_dankaku_heki_2 南段郭切岸見所

26_minami_kaku 南段郭群

城跡は京都府宮津市万年にあって、訪れるにはルート図だけで充分お分かり頂けるとは思うが、宮津中心部より北西側に位置するのが滝上山であり、市内からも丘陵先端部にある展望所は充分望めるので、その位置は分かり易いとは思われる、先に触れた如願寺を目印として目指せば、迷わず麓までは辿り着けるが、如願寺直ぐ西側の広い運動場公園入口脇にある、小さな「滝上稲荷社」が登山スタート地点となる。登山道は表と裏の左右に分かれているが、表からの方が比較的上り易いとは思われた。

尚、今回の山城巡りでは案内板に記述された狼煙嶽に惹かれたお陰で、本来訪問予定であった宮津山城は踏破する事が叶わなかったが、何とか所在地の特定は出来たので日を改めての訪問は予定している。個人的にはこの明確なまでの城跡遺構が、史跡の宝庫となっているこの地域の案内板になぜ記されてないのか?不思議に思われたのと同時に非常に残念でならないが、発掘調査の有無まではリサーチに及んでいないのが現状である。

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