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2011年6月11日 (土)

畝状空堀及び三本の堀切が見所 六体城跡(京都府京丹後市)

この山城は先にリポート掲載を終えた金屋本丸城と同様に、個人的には全く認識のない山城であったが、現地案内板により初めてその存在を知り得たものでもある。もちろん所在地が確定していた訳ではない(案内板ではピンポイントでの所在地確認は困難)ので、後で日を改めた上での訪城となった訳だが、郷土史に載せられる程度の山城にしては縄張り妙味も感じる事の出来る見事なまでの山城と自分の目に映ったのである。現状城史に関しての情報は皆無に近く、丹後史などをリサーチすれば城主程度なら知りえる事が出来るのかも知れないが、、、、、詳細は不明

城跡を訪れるには、既に掲載を終えた須田城を起点とすればその位置は分かり易いとは思われるが、一般道706号で南下して「川上小学校」を目印として目指せば難なく付近までは辿り着けるだろう。今回車を預ける事になる「菅森神社」から城跡は川を挟んで直ぐ確認出来るが、入山口は川沿いにある民家の途切れる、城跡から見れば尾根北端に位置する集合墓地からで、その背後より踏み跡に任せて上り、尾根上を更に南に向いて移動すれば迷わず堀切までは到達出来るだろう。この墓地背後の北尾根上にも僅かに空堀の痕跡(浅い)が残る郭群が展開されているので当然見逃してはならない。(主郭までは15分程度)

1route_3 登城ルート

7_jyouseki_hokutanbu_1w 神社付近からの遠望

3_1 城跡概念図

現状(五月)、冒頭のタイトルに記した畝状空堀群(縦堀群)を始めとする堀切を含めた空堀は、何れも下草が余り蔓延っていない状況から明確なものを拝む事が可能となっており、近年人の踏み入った形跡のない山城にしては、非常に見学し易く見て廻りやすい状態にある。もちろん郭内に木々は蔓延り倒木なども多いが、見学に支障を来たすまでには至っておらず、山城としては案外快適な遺構見学が出来るものと思って頂いても良いとは思われる。見学に際しては、この空堀群より他にも二方の枝尾根に展開された段郭群の切岸、あるいは主郭における大型の櫓台土塁なども見所として挙げられるが、斜面を上り下りしながら遺構機能の想像する楽しさも含めれば、正に探索冥利に尽きる城跡とも感じられたのである。尚、山上本郭群回りだけに限れば、その形態はほぼ概念図に示したものに近いと思って頂いても良いとは思われるが、唯一主郭西側から北に向いて延びる枝尾根だけは踏破確認に及んでいないので、城跡遺構も縄張りプランも決して図に示した限りではないものと思って頂きたい。

20_kita_horikiri_2 北堀切見所

24_shukaku_1 主郭の現状

26_yagura_heki_2 大型の櫓台見所

28_koguti 明瞭な東虎口見所

32_higasi_une_tatebori 豪快な二連縦堀見所

46_higasi_unebori_2 畝状空堀群見所

41_minami_dankaku_gun 南段郭群

45_nantan_horikiri_1 南端堀切見所

城跡を個人的に評価すれば、空堀群抜きにしては語れない山城とも言えるが、自然地形に任せて斜面上を削り出して郭を築いた縄張りプラン、あるいは当時の築城方法まで目に浮かぶ様相などは、非常に値打ちのあるものと感じられた事から、自身は所在地の確定に随分手間取った事もあって、流石に同日訪問は叶わなかったが、これを機に訪れる方には須田城、金谷城、あるいは金屋本丸城と併せた三城同日訪問は、何としてでもお薦めしたいと思うのである。

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