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2011年6月 1日 (水)

上郡柏原城跡(兵庫県赤穂郡)

城跡は兵庫県赤穂郡上郡町段町にあって、町のほぼ中心部にある「上郡高校」から見れば、千種川と国道373号を隔てた真東側の低丘陵先端部に位置している。城史に関しての情報は皆無に近いものであり、詳細は不明

城跡を訪れるには、どこからスタートしたとしても国道373号へ進入する事が先決となるが、上郡町に入れば国道交差点「上郡橋東」を目印とすれば、その直ぐ真東丘陵上にある城跡の位置は分かり易いとは思われる。城跡最短直登ルートは概念図に示したが、墓地背後(画像に注目)をそのまま上り切れば、自ずと東郭周辺には辿り着けることになる。車の駐車に関しては、路駐にはなるが直登取り付き口とした墓地の先に、充分な駐車スペースは確保出来たので参考までに、、、ちなみに車を停めて5分内で主郭へ到達可能と思って頂ければ良いだろう。

1_1 登城ルート

8_tyokuto_kuti 直登進入口

1_2_2 城跡概念図

現状(四月)城跡は、多くの人家の迫った低丘陵上にある城跡と同様に、藪化は当然進行中にあるが、竹林地化されていない環境のせいもあって、見学に差し支えるまでには至ってはおらず、主郭から東郭までは見通しも利き、全体像が窺える比較的良い状態にある。形態はほぼ概念図に示した通りと思って頂いても良いとは思われるが、防備の手薄さや築城環境、あるいはその規模から館城が想像された。現状の堆積物(落ち葉)の多い風化の進んだ地形から、遺構と判別確認出来たものは、郭跡を除けば相当埋もれたものとは思えるが、土橋を付随させた空堀(堀切)、主郭東の表土の流出によって高低差の失われた土塁跡、主郭における切岸跡、南郭における虎口に見えた地形は挙げられよう。石垣跡も目には留まったが、縄張りにおける必然性、あるいは他で石垣跡の痕跡が見受けられなかった事から、これは後世における治山事業の結果と考えればそれで良いのかも知れない、、、謎。

12_dobasi_karabori 土橋付き堀切見所

9_horikiri_dobasi 三ノ郭

17_obi 帯郭

19_shukaku_dorui 主郭の僅かな土塁跡

21_shukaku_nisi_gedan 二ノ郭

27_shamen_isigaki_1

虎口付近の謎の石垣

城跡を個人的に評価すれば、知名度もほとんどないに等しい、ほぼ無名に近い城跡を思えば、シンプルが故に縄張りプランが非常に掴み易い見やすい状態、これだけで充分訪れる値打ちはある様に感じられたのである。もちろん圧倒的お手軽感と、見学し易さも含めた上での話しになるが、、、

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