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2011年6月15日 (水)

玉見城跡(兵庫県養父市)

城跡は兵庫県養父市玉見にあって、既にリポート掲載を終えた左近山城の西側に位置する低丘陵上に位置しており、「善勝寺」の西背後の丘陵がそれにあたる。この城跡は外見から館城の様相が窺える様に、稲津氏の居館跡であるとも伝わっており、形態としては丘城と呼べば良いのかも知れない。

城跡を訪れるには、先に触れた左近山城を起点とすれば、一目瞭然とも言える位置にあるが、県道6号を進行して「善勝寺」を目印として目指せば難なく辿り着けるだろう。車の駐車場は寺院に設置されているが、そこまで辿り着くには道が非常に狭く、軽自動車以外で赴かれた方には、迷わず車は直ぐ近くの公民館に預けて、そこから歩いて寺院に向かわれる事をお勧めしたい。寺院敷地からは墓地まで繋がる山道があるので、それを利用して上れば、直ぐにでもかつての城域に足を踏み入れた計算にはなる。

1route 登城ルート

T 善勝寺

T_15 郭南先端部

現状城跡は、縄張りと見受けられる地域の北半分が集合墓地、南半分が農地となっており、見る限り相当な地形改変が窺われるものでもある。自ずと農地化された郭跡や造成整地された墓地に、築城時の面影(縄張り)を見出す事は出来ないが、農地の境となる切岸などは、見る限り地表風化だけに止まったものであり、農地の東西における高低差を伴う側壁や、郭境とも言える高低差のある切岸壁だけは、当時のままがそのまま現在に至ったものと目に映ったのである。農地を区分けした低い段差の切岸などは、切岸がしっかりしている事からも、当然後世に手が加えられたものとは思われるが、、、

T_4

地形改変の窺われる集合墓地

T_20 寺院側から見た東切岸

T_3 農地と化した南側

T_13 城跡南側からの全体像

T_10 西壁側

城跡を個人的に評価すれば、事前情報によって山城ではなく丘城と言う事は最初から認識にあり、国道移動ついでに立ち寄る程度で、城跡遺構そのものには全く期待して臨まなかったせいもあるが、意外にも城跡のほぼ全体像が外見から覗えた事、農地における切岸はほぼ当時のもの(切岸表面が凸凹状)と見受けられた事、当時の縄張りは想像に委ねられるが、その規模は意外に大きかった事、館城とした風情は充分味わえた事、以上挙げた事を踏まえれば、山城遺構で味わえる醍醐味にはとても触れる事は出来ないが、史跡見学と割り切った訪問であれば、決して無駄足に終わるものとは思えなかったのである。

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