« 山路城跡(兵庫県養父市) | トップページ | 引野城跡(兵庫県豊岡市) »

2011年6月 5日 (日)

南北二峰に跨る、城域の広い山城 須田城跡(京都府京丹後市)

城跡は京都府京丹後市久美浜町須田にあって、「大雲寺」の西側を取り囲む様な形で、南北に連続する山塊の山上尾根に位置しており、ルート図あるいは概念図でお分かり頂ける様に、郭の展開は南北の二峰に跨ったものであり、その二峰に主要郭を構えた城域は、とてつもなく広い山城と見受けられた。もちろんその枝尾根全てを踏破した訳ではないので、本来の城域は概念図に示したものより、まだ相当はみ出るものと思って頂きたい。この山城も先にリポート掲載を終えた金屋本丸城と同様に、城史に関しての情報は現状皆無に近いものであるが、細川氏丹後入部以前には外村氏の居城が伝わっている。

城跡を訪れるには先に触れた金屋本丸城を起点とすれば一目瞭然の位置にあるが、「大雲寺」を目印として目指せば、入山口までは迷わず辿り着けるとは思われる。駐車場の北側に大師道入山口があるが、ここから大師道に任せて上れば、便宜上の北城までは数分で到達可能となっている。ただここから南城主郭までの道程の方が長いが、尾根上に展開される縄張りとしての削平地の確認や、大師道に任せた山歩きも楽しみながら上れば、余り距離は感じさせない筈である。

1_1 登城ルート

1_2 城跡概念図(全体像)

1_4

北城概念図

24_kita_sanjyou_shukaku_1 状態の良い北山上郭群

24_kita_sanjyou_shukaku 山上主郭

28_nisi_kaku_dobasi_horikiri 西郭の土橋付き堀切見所

36_onejyou_kaku_koguti 尾根上の郭跡

現状(五月)大師道が敷設されているお陰で、南城主郭までは快適な山登りが可能となっており、その間に展開される郭群の見極めも容易く、遺構もほぼ判別可能な、知名度に欠ける山城としてはこれ以上ない良いコンディションにある。ただ北城から南城へ向かうほど郭内の地表風化は激しく、堆積物や倒木などで荒れ放題となっている為、郭切岸ラインなどは曖昧なものと化しているのが現状と言えるが、、、この山城の特徴としては主郭から派生する枝尾根が多い事が挙げられるが、そのせいもあって尾根を断つ堀切の見学が全てとも言い切れそうに思える。ちなみに南城では概念図に示した様に、踏破した範囲内の四箇所で確認可能となっている。

1_3 南城概念図

38_nisi_sanjyou_demaru 北出郭(展望ベンチ)

40_horikiri_1 北出郭堀切見所

46_higasi_horikiri_1 東尾根堀切見所

52_shukaku_gawa_heki_1 北主郭切岸

64_tatebori 主郭東堀切(縦堀)見所

城跡を個人的に評価すれば、なだらかな低山山上に位置する山城である為に、山上郭群に切り立つ切岸の醍醐味までは求められず、更に遺構そのものに特別見応えが感じられるほどの山城とは言えないのだが、二峰に跨って展開される大型の部類に入る山城の佇まいだけは、他の山城では中々味わう事は出来難いものであり、残存遺構に対して機能の想像が付き易い事(縄張り妙味が余り感じられない)、大師道に任せた見学し易い環境にある事、眺望の利く休憩ベンチが備わっている事、更に山歩きが楽しめる事などを理由に、山城ファンの方は言うまでもないが、史跡ファンの方も含めて、是非訪問をお薦め出来る城跡と思えたのである。

« 山路城跡(兵庫県養父市) | トップページ | 引野城跡(兵庫県豊岡市) »

京都(丹後地方)の山城」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1070646/39958736

この記事へのトラックバック一覧です: 南北二峰に跨る、城域の広い山城 須田城跡(京都府京丹後市):

« 山路城跡(兵庫県養父市) | トップページ | 引野城跡(兵庫県豊岡市) »

無料ブログはココログ