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2011年5月30日 (月)

まるで軍艦島の佇まい!金谷城跡(京都府京丹後市)

この山城は久美浜町に数多く築かれた城跡の中でも、大井城(一分城)と並んで山城ファンの方は言うまでもないが、状態の良い山上本郭群周りの見学だけなら、城跡ファンの方にも是非訪問をお薦めしたいの一つである。とにかくイメージは陸に上がった要塞の如し「軍艦島」を想像して頂ければ良いとは思われるが、中でも山上本郭間を断つ箱堀を含んだ4本の堀切だけは、状態も良く素晴らしい事を理由に、絶対に見逃してはならない!特に本郭群の南北に施された縦堀に繋がる堀切は圧巻!

今回自身が踏破した範囲内で判別確認に及んだ遺構群、あるいは本郭群を中心とした大雑把な縄張り程度なら、自作概念図である程度お分かり頂けるとは思われるが、この程度では直立に高く高くそそり立つ壁の如き切岸や、堀切を形成する切岸壁や郭壁の醍醐味郭跡に佇んだ時の臨場感、あるいは遺構残存度の高さなど全て含めて、どう説明すればこの山城の魅力が伝わるのか少々もどかしい状況にある。特別空堀を多用した城跡でもないし、特別縄張り妙味があるとも思えないが、この山城の醸し出すものは単純に凄い!」と言った言葉だけでブログ読者の方に充分伝わるとは思えず、正に山そのものを切り刻んで築かれたその様相は、風情も含めてこれを機に訪問して、感じて頂くより他ない様にも思われた。

1_1 登城ルート

6_sanpaidou 参拝道経由の参考ルート

1_2a 城跡概念図

結果的にこの山城のほぼ全体を踏破した事になったが、北は山上本郭群から北端の社殿敷地まで、山上本郭群の西側は麓までの全域を縄張りとしたものであり、城域は相当広く、概念図には竹林地となる西麓の民家背後まで郭群が複雑に、しかも規模の大きい郭群が無数に重なり合う様相までは描けなかったが、あの素晴らしい山城、大井城(一分城)の重なり合う郭群が直ぐに思い浮かんだのである。現状(五月)城跡は拝殿が建っていた事から、近年までは人の出入りがあったものと思われ、山上本郭群だけに関しては、樹木も比較的少なく見通しも利き、山城としては見学し易い状態が自然維持されている。もちろん北端まで展開される郭群においても状況は変わらず、歩き易く見学し易い状況にあると思って頂いても良いだろう。ただし西麓に重なり合う郭群(居住空間か?)は全域が竹林地と化しており、倒竹や堆積物で荒れ放題となっており、中々踏み入るのは躊躇してしまう状況にある。

9_hokutan_kaku 社殿の建つ北端郭

17_horikiri_dorui 中央大堀切と土塁見所

19_renzoku_tatebori_1 麓まで連続する縦堀見所

21_kaku2 北段郭切岸

28_hakohori_1 箱堀見所

31_shukaku_gawa_horikiri 二ノ郭より堀切側

37_hakohori_dobasi

主郭側の箱堀と土橋見所

44_nantan_horikiri 南端大堀切見所

41_shukaku_1 主郭の現状

城跡は京丹後市久美浜町金谷にあって、訪れるには先にリポート掲載を終えた金屋本丸城を起点とすれば一目瞭然とは思えるが、ルート図に記した登城ルート(神社参拝道経由)は、中央堀切に備わる2m近いフェンスを越えねばならず(身軽な方なら越えれるがリスクが大きい)、これを機に訪れる方には西麓の川沿い民家側にある神社付近から上られる(かつての参拝道がある)事をお勧めしたい。もちろん開閉口は地元で尋ねなければならないが、個人的には下山時に民家背後のフェンスが壊れていたので、そこを通過して川沿いの道路まで出られた事だけはお伝えしておきたい。

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