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2011年5月10日 (火)

西畑城跡(兵庫県三木市)

城跡は兵庫県三木市吉川町西奥にあって、観音堂建立の為に造成整地された敷地を含めた部分と、その背後の丘状地に展開された大規模な削平地が当時の本郭であったと思われる。城史に関しては室町期に中西兵助正常によって築城されたものであるが、戦国期においては別所氏傘下に取り込まれたと伝わっている。自ずと別所氏と同様、三木合戦においては滅亡への道を辿った一族なのかも知れないが詳細は不明。

城跡を訪れるには、既にリポート掲載を終えた有安城を起点とすれば分かり易いとは思われるが、県道17号から有安城の真南側にある交差点で354号へ針路変更して、目印となる「吉川総合公園」を目指せばよい。運動公園から観音堂までの道順はルート図に示した赤線を辿れば迷わず辿り着けるだろう。観音堂背後の石塔から上れば直ぐにでも主郭が迎えてくれる筈である。

1route_2 登城ルート

4_2 観音堂

5_2 城跡進入口

3_3 城跡概念図

現状(四月)主郭と見受けられた大規模な削平地はかなりいびつな構造となっており、真新しい観音堂あるいは生活道路を民家まで通している為に、主郭の一部は明らかに削り落とされて消失したものの様に見受けられたが、主郭内部は比較的木々が少ないので見通しが利き、現在でも限りなくフラットに近い郭跡に佇めば、臨場感だけは得られる様に感じられた。その形態は館城を想像させるものであり、防備とした堀切あるいは土塁などの判別し易い遺構はほとんど目には留まらず、縄張りプランから考えれば非常に大味と言わざるを得ない城跡である様に自分の目には映った。播磨地方の平野部には今となっては遺構の消失した丘城も数多く見受けられるので、この城跡も残存遺構にはほとんど期待せずに訪れたのだが、取り合えず思ってもいなかった大規模な郭跡には驚きは隠せなかったのが本音と言えようか、もちろん規模にしても前述の有安城とは比べるレベルには達していないのが現実ではあるが、、、、

7_shukaku_1 主郭の現状

9_minami_gawa_1 道路を隔てた南西側地域

12 出郭の様にも窺われた集合墓地

城跡を個人的に評価すれば、三木合戦に係わる城跡に興味のある方には、史跡としてその風情を味わう程度の訪城とするのであれば、訪れても決して無駄足に終わるとは思えないが、山城ファンの方々においては、所在地の分からなかった方に対しての現況報告、あるいは実態報告程度でリポートは終えたいと思うのである。

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