別名城跡(兵庫県赤穂郡)
城跡は兵庫県赤穂郡上郡町別名(ベツミョウ)にあって、先にリポート掲載を終えた大聖寺山城から見れば、安室川を隔てた南西側の山頂に位置しており、大聖寺城からも充分望める位置にある。この山は井ノ山(標高203m)と呼ばれており、その山頂に位置する城跡は「井ノ山城」の別称があるが、城史に関しては宇喜多氏の山城と伝わっている様でもある。ただ現状明らかにされている訳ではないので、詳細は当然不明でもある。城跡を訪れるには、大聖寺山城を起点とすれば、ルート図に示した様にその位置は一目瞭然とは思われるが、直登取り付き地点としたのは道路沿いにある「須賀神社」で、社殿背後からそのまま山頂を目指して上れば、迷わず主郭までは辿り着ける筈である。直登道中は冬枯れ後という事もあって、藪漕ぎまでには至っていないが、激斜面に多く蔓延る、枯れ木の隙間を縫って登らなければならない箇所も多々ある。ちなみに15分程度で主郭へは到達可能
現状(四月)城跡は、主郭だけに関して言えば、木々が少ないので意外に見通しが利くが、概念図に示した西側における規模の大きい郭群においては、藪化は相当進行しており、西出郭までは充分見て廻れる状況にはあるが、枯れ木の隙間を縫っての探索は余儀なくされるのが現実でもある。この時期でもこの様だと、夏季訪問だけは出来るだけ避けた方が良いかも知れない、、、この山城は険峻な山容から察せられる以上に、山上郭群の規模は大きいものであり、郭総全長は200m以上に達するものとも思えた。主郭だけが突出した形で、他の郭群は大した高低差もなく、西側尾根上にだらだらと連なっているが、この間には空堀の類は全く見受けられず、最大で1m前後の切岸だけが、削平された空間と併せて唯一城跡を醸すものとなっている。ただ山上における地表風化が相当激しい事(落葉樹が多い為、その堆積物で曖昧な地形が多い)から、判別確認に及べる遺構も数が限られており、取り合えず概念図に示したまでが、大雑把な縄張りと共に、自身の確認に及んだ範囲だと思って頂ければ良いだろう。
主郭東壁
見応えのある遺構は皆無に近いが、自然に任せたままの状態で現在まで至ったと見受けられる、城跡としての価値は非常に高いものであり、その佇まいを味わう程度の割り切った訪城であれば、別な意味で訪れる値打ちも感じられるのではないだろうか。状態さえ問わなければ、山城ファンの方だけには充分お薦め出来る城跡と言った処か、、、
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