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2011年4月28日 (木)

日置浜城跡(京都府宮津市)

城跡は京都府宮津市日置浜にあって、国土地理院地図に「妙見山」と記された、海に隣接した低山山上に位置している。この妙見山は別名「向山」とも呼ばれており、この城跡は向山城の別称があり、現在山頂には妙見堂が建つが、その敷地内の案内板には16世紀中頃に一色氏の重臣「杉左馬亮」、その後の細川氏入部の頃には「日置弾正」の居城が伝わる事が記されてある。

城跡を訪れるにはまず国道178号へ進入する事が先決となるが、有名な「天の橋立」を目として目指せば良いだろう。そこから国道を3km程度北上した場所に妙見山があるが、日置地区に入れば国道を走りながらでも、右手海岸側に単独で孤立した城山は直ぐ確認する事が可能であり、位置確認は容易いものとは思われる。

1_2_2 登城ルート

1_3 城跡概念図

8 海の見える参道

10_nantan_kaku かつての南郭跡

13_shukaku_2 主郭に建つ妙見堂

 

現状(四月)山上主郭だけに限れば、妙見堂敷地として保全整備されているので、当時の主郭の規模などは想像が付き易いが、それに付随する大規模な二ノ郭や西側に展開される郭群は、堆積物や覆い尽くす下草で地表も露見しておらず、全域が竹林雑木藪地と化しており、移動にも外見からの視認にも差し支える厳しい状況にある。よって概念図に描いたものは、自身が辛うじて踏破確認に及んだ範囲、あるいはそこで目に留まった遺構群を記したものと言う事になるが、本郭群の屹立する切岸、及び郭跡までの判別確認が精一杯の状況でもあり、中々遺構見学を楽しむまでの状況にはなかったのが本音ではある。二ノ郭北側から更に西郭側斜面上には数段の削平地、南側には出郭らしき地形が、木々の隙間からでも充分目には留まったが、外見から望んだ小さな小山を思えば、意外にも一山全体が城塞化されている、規模の比較的大きな城跡の様に目には映ったのである。現状見た限りでは縄張りの祖形はほとんど失われておらず、ほぼ当時のままが現在に至ったものとも見受けられたが、状態の醜さが重なって未踏に終わった箇所も数多く残し、今回は城跡を個人的に中々評価し辛いのが現状ではある(とにかくこの藪化は勿体無いの一言)。

15_shukaku_heki_2

主郭切岸

15_shukaku_kitagedan

北郭

20_2maru

  二ノ郭の現状

21_nisi_kaku_1

西郭(一番状態の良い箇所)

結論として言えるのは「この城跡は決して遺構見学を優先して訪れてはいけない!海城に近い形の城跡の佇まいを味わう程度の史跡見学」として、割り切って訪れる事が一番納得の行く訪城となる様な気がするのである。後でリポート掲載を予定している日置上城と併せた山城巡りの一環として訪れるのであれば、充分お薦めは出来ようか、、、、

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