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2011年4月 2日 (土)

断崖絶壁上に築かれた究極の山城! 香良城跡(兵庫県丹波市)

この山城は縄張りプランなど一切必要とも感じられない、人馬も拒むほどの断崖絶壁上に築かれており、その周囲のほとんどが自然露岩で覆われた岩山の、標高340m付近の痩せ尾根上に位置している。主要三郭で形成されたその規模は、前述の痩せ尾根地形から考えれば比較的大きいものであり、これだけ険峻な地にありながらも、山上における郭総全長は軽く100m以上には達し、流石に丹波地方においては当時有名な「香良合戦」の舞台にもなった山城である、砦の域は随分はみ出した山城と自分の目には映ったのである。この「香良合戦」に関しては文献資料(丹波史)などで深く追求していない事から、興味のある方は各々でリサーチして頂きたいが、基本的には細川氏に組する赤井氏、荻野氏vs三好氏に組する芦田氏、足立氏による戦と思って頂ければ良いとは思われる。

1route 登城ルート

4_2 城跡遠望

5_tozanguti 登山口

1_1 城跡概念図

訪問結果から先に述べれば、自然露岩を郭壁あるいは堀切壁として取り込んだ縄張りプラン、自然地形をも取り込んだ縦堀(大空堀)、痩せ尾根を活用した移動土橋、縦堀に繋がる二連の堀切、土塁壇(櫓台も含めた)、切岸跡と、当時の遺構はとにかく目白押しとなっており、自身が踏破して確認した概念図に示したまでの遺構は、全て判別確認可能な状態にあると思って頂いても良いとは思われる。地形を活かし切った縄張りが全てとも窺える山城である事から、縄張り妙味までは求められないが、遺構群の醍醐味はもちろんの事、その佇まいも含めた城跡の全てが見所とも感じられ、探索冥利に尽きる山城とも感じられたのである。

13_hokutan_horikiri2 北端堀切(ここへ到達)見所

15_horikiri1 二連堀切2見所

16_dorui_karabori 主郭北壁見所

22_shukaku_2 主郭の現状(眺望最高)

33_kyogan_horikiri_1 露岩と堀切見所

現状(三月)山上郭群においては、蔓延る木々が比較的少ない事からも、移動に難渋する事なく見て廻れる状況にあり、主郭あるいは二ノ郭などは見通しが利く事、ほぼフラットな状態が自然維持されているせいもあって、郭跡に佇めば臨場感は間違いなく味わえそうには感じられた。これを機に訪れる山城ファンの方々には、是非現地を覗いてその城跡の佇まいに感動して頂きたい事から、これ以上多くは語らないが、訪れた以上必ずやその期待に応えてくれる山城とも窺えた事から、この現況リポートあるいは城跡概念図に少しでも興味を持たれた方には、背中を押してでも訪問をお薦めしたいのである。丹波地方では黒井城、烏帽子城、三尾山城、鬼ヶ城、野山城などと、険峻極まりない山頂に位置する山城は多いが、何れも赤井氏の拠った山城であり、規模の大小は別にしても見応えがある事で共通した部分は多い。この山城が赤井氏によって築かれたものか(改修も含める)どうかは知る術もないが(芦田氏か?)、険峻な築城環境から考えれば、当然山そのものを熟知し、山城の縄張りを最も得意とした赤井氏の築城によるものとも窺えたのである(推察)。それにしても赤井氏の築いた山城は素晴らしいものが多く、この城跡も正にこれぞ山城!と呼べる城跡の一と言えようか。

38_kyogan_dobasi_1 痩せ尾根土橋地形見所

43_2maru 二ノ郭

47_3maru_gawa_doruidan 三ノ郭土塁壇

52_iwa_doruidan_1 三ノ郭露岩を利用した土塁壇見所

城跡は丹波市氷上町香良にあって、どこからスタートしても訪れるには県道7号へ進入する事が先決となるが、「香病院」、「五台山」登山口、あるいは景勝「独鈷の滝」を目印として目指せば迷わず付近までは辿り着けよう。山上主郭までの登城ルートは三通り(北側からの林道、五台山登山道から、直登)考えられるが、現地に着いて一番分かりやすく、最短で到達可能な直登ルートをルート図には示した。「毘沙門洞」入り口から上り始めれば、直ぐに瓦礫の多い急斜面が待っているが、前は充分開けているので比較的上り易く、藪漕ぎもなく20分もあれば堀切までは辿り着ける筈である。尚、下山時においては随分遠回りにはなるが、浅山不動へ繋がる五台山登山ルートへ合流した方が、より安全に下山出来るものとは思われる。

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兵庫県の山城跡」カテゴリの記事

コメント

香良城記事、拝読しました。
丹波氷上における天下分け目の戦いとなった「香良合戦」、その舞台となった城というだけで、わくわくしますね。
また、山岳仏教との関わりも感じさせる立地にある香良城は、丹波の「山城と修験の関係」という視点からも好サンプルになるのでは?と思ったりします。五台山登山と併せて登ってみたい城です。

ところで、いつも感じ入っていることなのですが、山城を見分けて登り、縄張図を作成してしまうTAKUさんの眼力は凄いですね。
昨日、市島町にある山城群友政城 →前木戸城 →畑山城に登ってきまして、友政・前木戸城では、またまたTAKUさんの縄張図にお世話になりました。ありがとうございました。
畑山城はご存知のとおり「市島町遺跡マップ」に載っていた山城遺跡で、「近畿の山城」のマスター天々さんの登城記を参考にさせていただいたのですが、藪化しつつある山上であっちをウロウロ、こちへウロウロといった状態でした。山城攻めにおける縄張図の偉大さというか重要性を改めて感じ入ったことでした。

見落としていたらお許しねがいたいのですが、畑山城の縄張図は、まだ作成されていないようにお見受けしています。
TAKUさんならば、どのような縄張図を書かれるのか?などと、藪コギをしながらの城址探索を終えたのちに思ったことです。
駄文、長々と失礼しました。

TAKUです、コメント拝見させて頂きましたが、自身にとって励みともなる内容は、これからの更なる山城巡りの意欲に変えさせて頂きたいと思っております。
文中にありました香良城は是非訪れて見て下さい、この様な断崖に築かれた山城は、近畿圏内ではそう多くはお眼にかかれないと思えます。それから訪れた際には是非昼食は山上で食べて下さい、もし熱いコーヒーでも湧かせられるのでしたら、最高の気分に浸れる事は請け合いとも思えますので、、、
更に主郭付近にはフラットな開けた空間と岩場もあり、下界を見ながらゆっくりとくつろげる時間も楽しめる事と思います。
畑山城はまだ未訪に終わっている丹波の山城の中でも、更に知名度の低い山城の一つと思うのですが、私自身全く認識のない山城でもあり、残念ですが、これから訪問する予定は今の所ありません。
自由気ままに山城巡りを楽しんでいる自分にとっては、気分によってはその内訪れるやも知れませんが、、、、
播磨屋さんが赴かれた畑山城がそうであった様に、山城の藪化は年々深刻化しつつありますが、登山道に導かれて臨む山城には、これから先も中々期待出来そうになさそうですね、特に知名度のない山城には、、、
これからも山城賛歌が城跡巡りのアシストとして、少しでも播磨屋さんのお役に立つ事が出来れば幸いです、どうぞ山城巡りを楽しんで下さい。

播磨の神河大山城、丹波氷上の香良城,など、TAKUさんの山城リポートには、おおいに触発されています。下草や木々が葉をつけ、ダニや蛇などが徘徊をはじめるまでに彼方此方登りたいと思っています。
これからも、お世話になります。怪我や事故にはかたがた気をつけてください。つぎの山城リポートを楽しみにしています。

またまた、お邪魔します。
香良城址訪城を目指して、二度、チャレンジしたのですが、いずれも雨にたたられて途中で断念!なんだか、香良城とは縁がないのかな?と凹んでいるところです。
TAKUさんのリポートを拝見しますと、四駆なら登れそうな林道、五台山登山道に繋がる山道、そして極楽坊址からのガレ場登りの三つのコースが書かれています。やはり、TAKUさんが登られた極楽坊址からのコースがお奨めなのでしょうか?
今度の連休、五台山登山と絡めて三度目の訪城チャレンジをしようと目論んでいます。先達TAKUさんのアドバイスをいただいて、なんとか三度目の失敗を回避したいものだ!と思っています。

TAKUです、コメント拝見致しましたが、二度とも雨にたたられたそうですね。
非常に残念な結果とはなりましたが、私自身も城跡の位置する尾根の確定に手間取り、三度目でやっと踏破した経緯があります。これに懲りず是非再トライしてみては如何でしょうか?
訪城ルートはやはり極楽坊からのルートが一番分かり易く、最短で迷わず辿り着ける様に思います。五台山登山ルートからでは、下山においては下るだけですので、迷う事はないと思われますが、こちら側からの登山となると、登山道から外れる箇所も分かり辛く、踏み跡程度になる箇所、あるいは道がそれる箇所もあるので、迷った場合に確実に到達出来ない可能性が考えられます。
ここはやはり直登ルートでの挑戦をお薦め致します。
もちろん林道の利用が一番楽で良いとは思うのですが、見た限りトルクが太く、ダートな道(砂利道)を登れる車に限られる様に感じられました。

アドバイス、ありがとうございます。
根がせっかちなもので、今日、美和峠→鷹取山→五台山、そして、林道経由で香良城跡を攻めてきました。
書かれているように、香良城へは極楽坊からのルートを考えていたのですが、岩瀧寺を掃除していた尼さんとお話したところ、「危険だから止めなさい」「林道を利用しなさい」とのお言葉をいただき、押して極楽坊からのルートをとることもできず、まずは山を経巡ってのち、下山に際して香良城跡を無事攻め取ることができました。文字通りの三度目の正直、一つ、心のモヤモヤが解消しました。
香良城跡は林道側の堀切、主郭部北側のそそり立つ岸壁、圧巻でした。全体的に荒削りな印象を受けたのですが、おそらく、香良合戦における芦田方の城砦の一つとして築かれた、陣城であったせいなのでしょうか?城址探索は、城跡に関わるところ以外は急斜面と岩の山で、ドキドキしながらのスリル満点のものでした。戦国武士はこのような峻険な城砦によって合戦をしたのだな~、と思うと戦国時代というのは、まことに苛酷なものであったと思ったことでした。
これからも、お世話になるかと思います。よろしく、お願いいたします。

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