« 播磨 奥城跡(兵庫県神崎郡) | トップページ | 遺構見学も登山も楽しめる 矢筈山城跡(兵庫県西脇市) »

2011年3月17日 (木)

前坂北山城/石原北山城(兵庫県西脇市)

この二城は兵庫県西脇市にあって、前坂北山城跡は黒田庄町黒田、石原北山城跡は黒田庄町石原にあるが、ルート図を見ればお分かり頂ける様に加古川を挟んで両城は対峙している。共に山上を主郭としたものと見受けられたが、規模は小さく機能としては物見あるいは狼煙台程度が想像されるものでもある(推察)。二城共に城史に関しての詳細は不明

城跡を訪れるには、先にリポート掲載を終えた友生山城を起点とすれば分かり易いとは思われるが、前者の前坂北山城は友生山城から見れば前坂集落を挟んで真北側に聳える低山山上に位置しており、国道175号に進入して北上した場合「中央橋」交差点を右折、後は赤ラインを辿れば直登口とした蓬莱峠までは迷わず辿り着けるだろう。ここから北斜面に取り付いて上る事になるが、先達の方がマーキング用に残した赤テープを頼りに上れば、多少の藪漕ぎは余儀なくされるが、迷わず山上主郭へは辿り着けるとは思われる。個人的には南尾根上も覗いて見たかったのでこのルートを選択したが、参考ルートとした配水所経由での直登ならば、最短で山上に辿り着けそうには思われた。後者の石原北山城へは「中央橋」交差点を左折して入山口となる「大国神社」を目指せばよいが、社殿脇から鉄塔メンテナンス道に任せて上れば、迷わず山上(15分内)へは辿り着ける筈である。

3isi 登城ルート

まず前坂北山城の現状(一月)をリポートすれば、山上本郭群の形態はほぼ単郭構造としてよいものであり、尾根を遮る堀切の類は施されてはいなかった。もちろん草木の密生する斜面下までは覗いていないので、本来の実態までは分からないのだが、、、直登ルートとなった南側尾根上では、明らかに削平地らしき跡、及び鞍部を形成する巨大な一枚岩盤を通過する事になったが、これらが当時城の一部として機能していたかどうかまでは想像にも及ばないものである。

7_tyokutokuti_touge 直登取り付き口(蓬莱峠)

1route_1 前坂北山城跡概念図

17_anbu_rogan_1

鞍部の一枚岩盤

19_sanjyou_kaku 山上主郭

石原北山城は明確な切岸跡(風化も含む)が現状確認出来なかった事もあって、その形態は掴み難く説明し難いが、山上は削平だけに終わったものであり、斜面上は生い茂るシダや低草木の為に切岸跡すら確認出来なかった。ただ山上からの眺望がある程度利く事もあって、山城の風情は多少でも味わう事が出来たが、それ以上は城跡として何も感じる事が出来なかったのが本音ではある。この山城の情報は現状皆無に近いものであり、城域がどこまでの範囲に及んだものかは知る術もないが、個人的に見た限りでは中腹に位置する削平地(画像に注目)が一番城跡らしく感じられたものであり、城跡の中枢にあたるもの(主郭か?)と目には映ったのである。安普請で築かれた城跡と見受けられ、残存遺構に多くの期待は出来ないが、この二城を個人的に評価すれば、播磨地方における城跡に興味を持っておられた方にとっての所在地の確認、及び現状報告が出来た事で良しと言った処か、、、

Isihara 大国神社

Isihara_1 奥の社殿

Isihara_2 中腹の郭跡

Isihara_3 山上郭

« 播磨 奥城跡(兵庫県神崎郡) | トップページ | 遺構見学も登山も楽しめる 矢筈山城跡(兵庫県西脇市) »

兵庫(三田~播磨地方)の山城」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1070646/38698257

この記事へのトラックバック一覧です: 前坂北山城/石原北山城(兵庫県西脇市):

« 播磨 奥城跡(兵庫県神崎郡) | トップページ | 遺構見学も登山も楽しめる 矢筈山城跡(兵庫県西脇市) »

無料ブログはココログ