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2011年2月 1日 (火)

玉巻城跡(兵庫県丹波市)

城跡は兵庫県丹波市山南町玉巻にあって、ほぼ単独で聳える標高240mの八幡山山頂に位置しており、久下氏代々の居城と伝わるが、明智光秀によって落城させられるまでは、丹波守備軍の最前線基地として機能していた山城でもある。この山城に関しては、ネット上あるいは城郭関連の文献資料の類、あるいは戦国史にも頻繁に登場する事から、知名度もそれなりに高く、既に訪れた方も多いと思われるので、今回のリポートでは現況だけを簡単に報告させて頂く。

城跡を訪れるには県道77号を走り、JR福知山線の「谷川駅」を目印として目指せば分かり易いとは思われるが、今回車を預ける事になるのは「長慶院」で、概念図でお分かり頂ける様に、福知山線踏切の手前より左折進路変更すれば寺院までは難なく辿り着ける。踏切手前には「玉巻城」の道標が設置されている事からも八幡山は直ぐ確認出来るだろう。現状山上に向かう山道はないので、寺院背後にある墓地から取り付いての直登は余儀なくされるが、一帯は植林地となっているので、藪漕ぎもなく15分もあれば山上主郭までは辿り着ける筈である。

1route 登城ルート

7 登城取り付き口

3ta 城跡概念図

現状(一月)城域となる地域は全て植林地となっているので、見通しは利き、歩き回りやすく、山城としては非常に見学し易い状態にあるが、山上に残された判別確認可能な遺構となると、概念図である程度判断出来るとは思われるが、郭跡を除けば一本の堀切のみと言っても過言とは思えないものであり、郭外壁には切岸跡は一切窺われなかった。自ずと僅かに段差を含んだ郭跡も郭境が分からないのでは縄張りも掴めず、その実態は限りなく自然地形に任せたまま山上を削平しただけの城跡といって良いのかも知れない。当然安普請で築かれた山城と言う事になるが、久下氏代々の居城と伝わるからには、それなりのものを期待して訪れたのだが、まさかこれだけの城跡とは思いもよらなかったのが本音ではある。当時これだけ手薄な防備機能で、知略に富んだ光秀軍に挑んだのは正に無謀とも思えるが、この山城が落城となる天正期まで存在していたと言うのがとても信じられない思いでもある、、、

15_shukaku_1 状態の良い主郭

15_horikiri_1 堀切見所

17_baba_yori_shukaku 広い中郭(馬場跡か)

21_kita_sanjyoukaku_1 北山上郭の現状

城跡を個人的に評価すれば、史跡としての価値(ほぼ完存かも)は高いものと察せられるが、遺構の見応えを期待して訪れる分には、落胆する事は必至とも思われたので、とにかく期待は抱かず、久下氏代々の居城を見学するが為の、史跡見学を目的とした訪問が一番自分自身を納得させられる様に感じられたのである。見応えは全くないが山城としての風情は充分味わえるものと見た、、、

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