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2011年1月12日 (水)

南有路城跡(京都府福知山市)

城跡は京都府福知山市大江町南有路にあって、城山と伝わる標高104mの低山山頂に位置している。城史に関しての情報は皆無に近く、戦国期において矢野氏あるいは山名氏の居城が伝わっているが、この両氏の関係は把握出来ず謎、、、。

城跡を訪れるには、先にリポート掲載を終えた引地城を起点とすれば一目瞭然とも言えるが、訪問ルートに関しては既に引地城で触れてあるのでここでは割愛させて頂く。今回山上主郭へ辿り着く為の直登取り付き地点としたのは、道路からも直ぐ望める位置にある小さな稲荷神社(画像に注目)で、概念図の如くこの背後の激斜面に取り付き上れば、距離、時間(約15分)共に最短で主郭までは到達出来るものと思われる。尚、稲荷神社横の民家脇からは、敷地内を通過して中腹辺りまでは充分上れそうな山道が窺えたが、通過する許可さえ得られれば、此方からの方が多少楽な登山となりそうには思われた。

1_1 登城ルート

5 直登進入口

1_2 城跡概念図

城跡の形態は、概念図を参考にして頂ければ察しは付きやすいとは思われるが、山頂の突出した部分に主郭が構えられ、その周囲は切岸化されたほぼ崖とも言える急斜面となっており、その立地環境は低山ではあるが、「当時でも今でも人馬も拒む環境にある」と言っても過言ではないものとは思えた。現状この時期(12月)でも縄張りの全域が藪化進行中にあり、蔓延る下草によって地表が露見していない箇所も数多く見受けられるが、郭移動に難渋するまでには至っておらず、上り下りを含めた急斜面の移動は余儀なくされたが、取り合えず踏破した範囲内で目に留まった遺構は全て概念図には示した。その中で堀切あるいは土塁などの様に判別し易い当時の構築物は見受けられなかったが、この圧倒的高低差を誇る郭切岸だけは見所と呼ぶに相応しいものであり、この要害堅固を誇る佇まいと並んで、厳しい斜面を上ってまで窺う価値のある遺構と思えたのである。ただ地形上から城域とも窺われた、主郭から西尾根、あるいは東尾根までは雑木藪地に阻まれ、踏破確認は出来ずに終わってしまったので、残された遺構も決して此れだけに止まるものではないとは思われる、、、

11_minami_kaku 南郭

14_shukaku_1 主郭の現状

16_higasi_kosikaku 東腰郭

18_2maru_heki 二ノ郭の切岸

25_tatebori_tikei 縦堀地形?

城跡を個人的に評価すれば、屹立する切岸も含めた険峻さを誇る山城の佇まい、あるいは風情、あるいは現在に至るまで手付かずとも思えた、状態は悪いが残存度の高い遺構を見て楽しむだけ、と割り切れば充分お薦めは出来ようが、縄張り妙味あるいは遺構の醍醐味を問われれば、高低差を誇る切岸だけとも思えるので、少し返答に困るのが現実でもある。これから少しでも訪城する準備のあった方には、是非この記事と概念図を目安にして頂きたいと思うのである。

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