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2011年1月28日 (金)

脇田城跡(兵庫県三木市)

城跡は兵庫県三木市吉川町富岡にあって、広い富岡集落の西側丘陵上の先端部に位置しており、室町期にはなるが脇田小次郎の居城が伝わっている。城史に関しての詳細は不明

城跡を訪ねるには、京阪神側から向かうのであれば中国自動車道「吉川」ICが最寄の乗降口となるが、県道17号を経由して314号へ進入する訪問ルートが、一番分かり易く辿り着けるとは思われる。目印となるのはルート図に示した小さな「西浦公民館」になるが、車の駐車に関しては小型車に限られるが、城跡北西側の堀切手前付近に狭いながらも充分駐車可能なスペースはあるので心配には及ばないだろう。そこから参拝道に任せて上れば直ぐにでも主郭へは到達可能であり、堀切は目と鼻の距離でもある。

1 登城ルート

7 麓からの進入路

3w 城跡概念図

城跡の形態は、ほぼ概念図に描いた通りと思って頂いても良いとは思われるが、社殿の建立された当時の主郭(全長30m以上の広い空間)と見受けられる敷地以外は、そのほとんどが荒れ放題の矢竹も含んだ竹林雑木藪地と化している。踏破し易い箇所を選んで歩き回れば、何とか切岸跡の窺われる郭跡までは判別確認可能な状況にあるが、他は外見からは視認も困難な状況となっており、現状から当時の縄張りを見極めるのは至難の技とも思えた。当時の縄張りは造成住宅地となっている麓の道路近くまでは及んでいたものと察せられるが、この現状(一月)を踏まえれば、ほぼ見学者の想像に委ねられるものとは思われる。

10_shukaku_1 主郭の現状

12_horikiri 12_horikiri_1 堀切と主郭切岸見所

17_higasi_dankaku_3 北西郭の切岸

主郭西背後には先に触れた高い切岸を伴う堀切が備わっており、主郭の切岸と並んで、城跡にあっては唯一の見所遺構として目を楽しませてくれるものとなっているが、北郭群及びその切岸以外では、明確に判別可能な城跡遺構が目に留まらなかった事もあって、少々寂しい思いをしながら城跡を後にする事になった。

個人的に城跡を評価すれば、所在地及びその実態の情報は皆無に近い城跡である事、当時の分かり易い遺構として堀切と切岸が健在な事、あるいは堀切までは車で乗り付ける事が出来る圧倒的お手軽感も加味すれば、播磨地方の城跡に興味を持たれた城跡ファンの方が覗く分には、決して無駄足には終わらないものと見た。

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