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2010年12月 9日 (木)

障子嶽城跡(広島県東広島市)

この山城は広島県東広島市河内町にあって、ほとんどの地図には嶽ヶ城と記されているが、その標高556mの山頂に位置している。地図上の呼称をそのまま使用した嶽ヶ城の別称があるらしいが、ここでは現地案内板にある障子嶽城跡を採用した。城史に関しての概略は「現地城跡案内板より」をクリックの事11

2x 現地城跡案内板より

城跡を訪れるには、城跡の南麓にある「教念寺」を目印として目指せば良いが、ナビのある方は嶽ヶ城と入力すれば道案内してくれると思われるので、ややこしい道順はここでは割愛させて頂く。ちなみに最寄の高速道路ICは山陽自動車道「西条」で、土地勘のない方はここから国道375号で北上するのが一番分かり易く辿り着けるとは思われる。現地に到達すれば、ルート図でお分かり頂ける様に城山登山口までは車道(生活道)が繋がってはいるが、ここでは教念寺に車を預けて、麓から城山の山容、あるいは里山の景色を眺めながらゆったりと上れるトレッキングルートを示した。山頂までの所要時間は、寺院から登山口までは歩いて約15分、登山口から山頂までは約25分程度と思って頂ければ良いだろう。尚、少しでも楽をしたい方は、城山登山口付近に探せば小型車なら何とか路駐スペースはあったので、自己責任に置いて停めれば良いだろう(奨励は出来ないが、、)。

Photo 登城ルート

4a 城跡遠望

3_1_2

城跡概念図

この山城は、山上最高所に主郭を構え、登山道が通じている東尾根上を自然地形に任せたまま削平し、比較的規模の大きい郭を並べただけに終わっているものであり、その単純な縄張りプランは、一箇所(便宜上の二ノ郭東)に堀切は備わっているものの、山城としては古い形態を色濃く残すものと言えよう。自身が踏破可能な範囲で目に留まった遺構のほとんどは概念図には示したが、遺構標識のある空堀(堀切)、主郭を囲む土塁跡、帯郭などが、現在でもそれなりに目を楽しませてくれそうには思われた。ただ二ノ郭あるいは主郭周囲の四方斜面上は、現状密生する雑木藪地となっている為に踏破は出来ず、概念図に示したまでが残存する遺構の全てとは思えないが、形態から考えれば更に多くの遺構は望めないようには感じられた。

24_oku_horikiri_1 東郭群(奥堀切)

25_horikiri 堀切見所

28_shukaku_heki 帯郭より主郭切岸

37 全貌が窺える主郭

32_dorui_2 32_dorui_1 土塁

現状(11月)城跡は、登山道中の郭跡は多少藪化はしているが、山上主郭だけはその全体像(画像に注目)があからさまに窺えるものとなっており、見通しが利く事からも、主郭に佇めば抜群の臨場感が感じられる筈である。更にその主郭から四方を見渡せば、360度に渡って眺望が利く素晴らしい状況でもあり、当時に思いを馳せる事も容易な状態となっている。城跡を個人的に評価すれば、残存遺構に見応えを感じるまでには至れなかったが、山上から四方まで行き渡る眺望は、今となっては他の山城では滅多に味わえるものではなく、山歩きも楽しめて遺構見学も楽しめる、是非お薦めの城跡と目には映ったのである。とにかく「眺望は素晴らしい」の一言!

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