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2010年12月25日 (土)

奥垣内城跡(広島県安芸高田市)

城跡は広島県安芸高田市高宮町舟木にあって、水谷集落から生田川に向いてせり出した丘陵上に位置している。城史に関しての詳細は不明

城跡を訪れるには中国自動車道「高田」ICが最寄の乗降口となるが、先にリポート掲載を終えた牛首城とはほぼ同様の訪問ルートとなるので、ここでは細かい道順の説明は割愛させて頂く。牛首城を起点とすれば一般道322号をそのまま更に東へ向かえば良い。この道路から城跡へ到達する間には仁後城もあるが、この城跡は非常に複雑な縄張りプランでもあり、概念図の作成に少々手間取っている事から、多少リポートは遅れる予定。

1route_2 登城ルート

5 城跡遠望

3ok 城跡概念図

この山城へ向かうには付近に分かり易い建物も目印となるものもないので、地形図から場所を確認して頂くより他ないが、直登口となるのは道路からも直ぐ確認可能な、概念図に示した墓地の背後からで、この斜面に備わる害獣避け鉄柵を乗り越えて、更に上れば数分で山上主郭までは辿り着ける筈である。尚、この鉄柵は山裾周囲を覆う形で張り巡らしてあるので、唯一乗り越えれる程度の腰までの高さの鉄柵を探さなければならない、それがこの墓地背後にあたるのだが、民家の方に事前に許可を頂き、敷地内を通過して山道に進入しても良いとは思われる。ただどちらを選択しても、鉄柵を開閉する箇所は見当たらなかったので、柵を乗り越える必要はあるとは思われるが、、、

8_nantan_iwa_koguti 南端の物見風大岩

13_gedan2_dorui_koguti 土塁虎口か

16_shukaku 主郭内部の現状

20_horikiri 堀切

21_sita_une 22_une_2 畝堀と窺われる地形見所

全長60m前後の砦規模のこの山城は、概念図に示した様に主郭と小規模な段郭で構成されており、堀切は主郭北背後を断つ形で備わってはいるが、現状を見る限り浅いものであり、見応えは余り望めないものでもある。当然堆積物のせいとも考えられるが、後世において堀切壁となる土塁が削り取られた可能性も否定は出来ない。城跡にあって見所を探すとなると中々苦労するが、縄張りにおける特徴と言う事であれば、畝状空堀群は挙げられるのかもしれない。ただこの畝堀は自身が外見(僅かにコブ状になった土塁間に浅い溝が見止められる)から判断しただけのものであり、縄張りとしての必然性も含めて畝堀としたが、実際の処は調査後におけるリサーチもしておらず、伐採後に放置された木々や下草で、非常に判別し難い状況にある事も相俟って、現状では確証が持てないでいる。この畝堀に関してはこれから見学する方が、その場で判断を下せばそれで良いものとは思われるが、他の遺構としては明瞭な四本縦堀土塁を伴った虎口らしき跡が目に留まった程度と思って頂ければ良いとは思われる。

城跡を個人的に評価すれば、同じ高宮町にあって、後でリポート掲載予定をしている仁後城、あるいは牛首城と併せた同日訪問とするのであれば、訪れる値打ちも充分生まれて来る様には感じられたのである。

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