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2010年12月30日 (木)

縄張りプランは正に一見の価値あり! 仁後城跡(広島県安芸高田市)

この城跡は、タイトルに「縄張りプランは一見の価値あり!」とした様に、空堀を多用して築かれた複雑な縄張りは、見る者を間違いなく魅了して止まない、探索冥利に尽きる城跡と眼に映った事から、「山城賛歌」としては今年の取りを飾るに相応しい山城としてリポート掲載をするに及んだものである。残存状態が良いとは決して言えないが、山城としての遺構の醍醐味や縄張り妙味など、本郭周りに凝縮された遺構の数々は賞賛に値するものとも見受けられ、その佇まいや当時の構築物の機能の想像も含めれば、絶対に期待はずれに終わるものとは思われなかったのである。出城も含めた城域はそれなりに広いが、見て回りやすい状態にはあるので、これを機に一度訪れて見ようと思われた方には、迷わず訪問をお薦めしたい

1_1 登城ルート

7 案内板のある駐車場

1_2

「城址案内説明版」より

3ni 城跡概念図

城跡は広島県安芸高田市高宮町舟木にあって、既にリポート掲載を終えた牛首城とは同様の訪問ルートで訪ねる事が出来るので、ここでは細かい道順の説明は割愛させて頂くが、牛首城跡の道標の掲げられた一般道322号は、そのまま奥垣内城跡側へ向いて車を走らせれば良い。目印となるのは寺院「西連坊」で、付近まで到達すればルート図を参考にして城址案内説明板のある駐車場まで向かえば良い。そこから目の前に望める(画像に注目)城跡を目指せばよいのだが、現在登城用の山道は無く、城跡の周囲は入山開閉口も見当たらない頑丈な獣避け鉄柵が施されており、登城口を探すには随分苦労させられる。とにかく腰程度の高さの鉄柵(概念図に示した付近)を見つけて、それをまず乗り越える事が必要とされるが、柵を乗り越えてそのまま上れば、直ぐにでも二連の土塁を伴う堀切(僅かな横堀を含めると三連)が歓迎してくれる筈である。

12_2jyuu_horikiri_tatehori_e_1 東二重堀切、大土塁見所

18_naka_daihorikiri_1 中央大堀切見所

23_obi_yori_shukaku_heki 帯郭より主郭切岸

25_shukaku_1 主郭の現状

28_dorui_karahori 南西郭の大土塁と空堀見所

32_2ren_dorui_karahori_2 二連の土塁と空堀見所

36_seitan_horikiri 西端の二重堀切2見所

41_daihorikiri東出城の大堀切見所

この城跡を語り出せば限が無くなりそうとも思えるが、ここでは自身が踏破した範囲内で目に留まった、山城ファンの方であれば誰でも判別確認可能と思えた遺構だけを概念図には示したので、これから訪れる準備のある方には是非これを参考にして頂きたい。もちろん城域となる全ての斜面を踏破した訳ではないので、残された遺構も決してこれだけに止まるものとは思われないが、、、この城跡を語る上での醍醐味、あるいは見応えを感じられる部分は、冒頭で触れた様に空堀に尽きるものとは思われるが、主郭の東西尾根を断つ二箇所の二重堀切と中央の大堀切(何れも縦堀に繋がる)、主郭西側に施された迷路の如き空堀(横堀と縦堀に土塁が付随)、更に東末端部に位置する出城(出郭)を断つ大堀切と、とにかく空堀は全て見応えのあるものであり、見所と言えるものでもある。もちろん郭を形成する切岸も忘れてはならないが、突出した高さに位置する主郭、二ノ郭、三ノ郭の凄い高低差を誇る切岸も、低山ではあるが山城としての醍醐味が強く感じられる部分なので、決しておろそかには出来ないだろう。他では東出城(三段郭の総全長は30m程度)も当時の形態をそのまま今に残したものとも見受けられたので、是非ここまでは足を延ばして頂きたいと思うのである。

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中国(山陽)地方の山城」カテゴリの記事

コメント

明けましておめでとうございます。
昨年は、レポートの記事を参考にさせていただき有り難うございました。
冬になり丹後の調査を再開と思っていた矢先に雪になり現在一時中断です。
昨年「美作の山城」と言う本を手に入れ岡山に行く事が多くなりました。
これも雪次第なので、その時は近くの城の漏れているところに行きますが参考にさせて頂くことも有ります。
宜しくお願いします。

初めてレスさせていただきます。何時も山城賛歌拝見させていただいております。お話しにありました「美作国の山城」はかなり縄張り図に間違いが多い事が指摘されてます。一様参考までに

TAKUです、明けましておめでとうございます。
ショウカンさん、並びに胡蝶蘭さん、新年早々なるご挨拶、及び情報のご提供有難う御座います。
ショウカンさんにはブログを立ち上げて以来数多くの山城情報を頂戴致しました、そのお陰もあって「山城賛歌」も自分なりに充実したものとなりましたが、今年も昨年同様宜しくお願い致します。
今年も新年早々には山城巡りを開始するつもりでおりましたが、近畿北部は年の瀬辺りからの寒波で積雪も多く、中々始動させてもらえない状況が続いております、、、、
岡山県でも山間部となる美作地方は、これから三月までは積雪も多そうですね、個人的には岡山県の山城に関しては、過去二十城程度訪問したに過ぎず、これからも中々足を延ばせそうには思われませんが、まだまだ近畿圏内には紹介されていない無名に近い山城も数多く残されており、今年も出来るだけそれらの城跡にも光を当てたいと、更に意欲を燃やしている今日です。
今年も昨年同様「山城賛歌」が城跡巡りのアシストとして、少しでも役に立てば幸いに思います。

胡蝶蘭さん、ご忠告有り難うございます。
「美作の山城」確かに色々間違いが指摘されていることは知っています。縄張り図や記事の入れ替わりは校正上の問題(おそらく時間が無かったのではないかと思っています)でしょう。
ただし、「縄張り図に間違い」については私は以下の様に思っています。
一度でも縄張り図を書かれた人であれば、それに要する労力は想像できると思います。
寒い冬は凍える指で鉛筆を握り、それ以外の季節はクモの巣を払い、蚊に刺され(時にはダニに食いつかれ)ながら藪をかき分けメジャー引っ張って遺構の確認を行っています。表面観察での地形の評価での限界もあり、当然個々の主観による評価の差は当然存在します。
「美作の山城」の縄張図の多くは、山形省吾氏によるものが多くありますが、氏は80歳を超える高齢にも関わらず精力的に縄張り図を発表されていると聞きました。岩屋城の陣城の縄張り図は5年位前に完成されたと地元で聞きました。この陣城の北部の幾つかのものは非常に比高のある険しい処に有りました。私は自分が今から15年後にこの陣城の縄張り図を描けるか疑問を感じながら調べました。
以上の様に、私は先学の努力にこたえる方法として自分自身が縄張り図に差異が有ると感じた時は、縄張り図を持ってその差異(誤りでないと考えています‼)を明らかにすべきだと考えます。
TAKUさん掲示板を借用するよう形になりました申し訳ありません。


いつも楽しく拝見させて頂いております
特に図がとてもきれいで感動しています

現在広島県安芸高田市の山城を少しづつ攻略しています

あと私の田舎の庄原市の亀山城もとてもよかったです
あの図は特別に訓練されたものなのでしょうか?

私のHPに「山城賛歌」をリンクさせて頂きましたのでよろしくお願い致します

TAKUです、コメントご拝見させて頂きました。
自身の多趣味によるものでもありますが、中々他の城跡サイトを覗くまでの時間に余裕もなく、残念ながら「山城攻城記」さんのサイトはまだ覗いた事がありません、これを機に是非一度覗きたく思っております。
「山城攻城記」さんに限らず、他のサイトを余り見ない理由としては、城跡概念図の作成に割かれる時間が多いのが真っ先に挙げられますが、検索する面倒くささが先に立つといったところが、自分にとっての一番の理由になるのかも知れません、、、
城跡訪問時のアシストとして、是非役立って欲しいと願う気持ちから、縄張り図に近いものを概念図として作成して来ましたが、今回「感動」といった最上級のお褒めの言葉を頂戴し、これからの更なる励みとしたいと思っている次第です。
作図に関しては、特別勉強した訳ではありませんが、多趣味の中の一つ、イラストを描いたり油絵を描く事で、少しずつではありますが、自身が満足の出来る概念図には仕上がって来たかな?といった実感はあります。
広島までは中々足を延ばせる機会も少なく、年に数度のリポートが精一杯といった処なのですが、「山城攻城記」さんからの情報の発信にも、これから是非期待しております。
山城に触れてロマンに浸り、感動を共有し合う事が、私自身の望む全てでもあります、、、
リンクの件、私からも是非よろしくお願い致します。

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