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2010年12月 5日 (日)

河谷城砦群の中枢 河谷城跡(兵庫県豊岡市)

城跡は兵庫県豊岡市河谷にあって、先にリポート掲載を終えた古屋敷城とは、集落を挟んだ南東側の山上に位置しており、そこは衣笠山(標高223m)から西側に派生したの尾根上標高約200mの地点でもある。城史に関しての詳細は不明でもあるが、衣笠山が狼煙台としての伝承地である事、地理的にも市場城と三開山城との中間地点にある事、あるいは市場城は定かではないが、山名氏家臣でもある茨木氏の城と伝わっているだけに、この山城は山名氏からみれば、自ずと重要な支城であった様には窺えるのである。

城跡を訪れるには、先に触れた古屋敷城を起点とすればその位置は一目瞭然でもあるが、送電鉄塔の建つ地点が便宜上の河谷西城の本郭群に相当する。概念図に示した公園の東側山裾にある、集合墓地を直登開始地点とすれば良いが、この墓地背後にある開閉フェンスより、左手の斜面に取り付いて上り始めれば良い。その際迷わず城跡へ向かうためには、必ず左手斜面の尾根に取り付く事が重要である。そのまま尾根伝いに上れば、鉄塔の建つ河谷西城主郭までは10分程度で辿り着ける筈である。

1route 登城ルート

6 入山進入口

この山城に関しては、ルート図に示した様にとにかく城域は広く、便宜上河谷西城とした山城から衣笠山城までは、移動急斜面を除けば全てが戦略的に縄張りと察せられるもので、その尾根上はほぼ削平地形(平坦地形)となっている。遺跡としての本来の河谷城はルート図に示した部分でもあるが、河谷西城を便宜上としたのは、河谷城遺跡の中にこの山城は含まれていない様に思われたからであり、本来は衣笠山城を頂点とした河谷城砦群として見れば良いのかも知れない、河谷城砦群を一城から成立した山城とすれば当然規模は大きく、流石に山名氏お膝元にある城跡とは感じられた。

個人的には、城跡として訪れた訳ではない河谷西城で、概念図に示した河谷城側を断つ土橋を伴う大堀切、北側を断つ二本の堀切(浅い)、中央の堀切と、判別し易い四箇所の堀切を拝む事が出来たが、当然この空堀群が城跡最大の見所遺構でもある。

3nisi 河谷西城概念図

13_minami_dankaku 南段郭切岸

17_horikiri_1 二の郭と堀切見所

19_kita_horikiri_1 北堀切1見所

22_shukaku_heki_2 主郭

25_toutan_dobasi 土橋付き大堀切見所

東に備わる大堀切から更に比高60m近い激斜面を登れば、やっと河谷城本郭へ到達可能(大堀切から15分程度)となるが、山上では合計三箇所で空堀を窺う事が可能となっている。目に留まった見所遺構としては、主郭北斜面の明確に判別可能な二連の堀切主郭と副郭を遮る堀切、その内部の方形状の土塁壇(櫓台か?)が挙げられるが、何れも状態が良いものであり、ほぼフラットに近い主郭(画像に注目)と並んで、充分目は楽しませてくれるものとは思われる。もちろん西城に関しても同じ事が言えるので、見学に差し支える事はまず無いものと思って頂いても良いだろう。

3kawa 河谷城概念図

14_doruidan 主郭土塁壇見所

17_higasi_yori_shukaku 堀切を挟んで主郭と副郭

16_naka_horikiri_4 堀切見所

18_kita_horikiri_1 北堀切1見所

20_hokutan_horikiri_1 北堀切2の縦堀見所

この河谷城砦群の見学に関しては、相当の距離を歩く事にもなるが、河谷西城から始まって衣笠山城までは是非踏破して頂きたいと思うのである。足腰に不安のない山城ファンの方には是非お薦めの城跡でもある。尚、衣笠山城に関しては次でリポート掲載予定

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