« 延利城跡(京都府京丹後市) | トップページ | 連郭式山城の王道を行く城跡 市場城跡(兵庫県豊岡市) »

2010年11月 2日 (火)

菊谷城/高森城跡(京都府京丹後市)

この二城は何れも京丹後市延利(ノブトシ)にあり、先にリポート掲載を終えた延利城はかろうじて吉田氏の居城が伝わっているが、一般的には城史に関しての情報は皆無に近いものである。尚、この二城は郷土史(村史)には載せられている筈だと聞いていたので、興味を持たれた方は市役所を訪ねれば、ある程度までは照会出来るのかも知れないが、、、、?

この二城を訪れるには、ルート図に示した様に明田城あるいは延利城を起点とすれば位置関係は把握し易いとは思われるので、途中までのは道順は今回は割愛させて頂く。

高森城跡に関しては、まずは延利城と同様に「高森神社」あるいは「長福寺」を訪ねれば良いのだが、この山城の形態は寺院東側の丘陵上が山上郭群、同じ尾根を共有したその西端部の神社敷地が、縄張りプランを考慮する限りその西出城として良いものとはと思われる。見る限り城跡としての佇まいが強く感じられる方は、便宜上の西出城(出郭)の方と言う事にはなるが、山上本郭群へは寺院脇からの墓参道を経由した山道に従えば、山上の堀切(堀切道)跡とも見受けられる地点までは迷わず辿り着けよう。ただその間の山道は倒木などで荒れ放題と化しており、行き着くまでは中々難渋するのが現状となっている。

1 登城ルート

3 神社と寺院進入路

1_2 2 8 便宜上の神社敷地西出城

山上郭までは土塁が付随する空堀道にも見える地形(虎口か?)、その丘陵上では地形に任せた規模の大きい郭跡、その周囲の帯郭群や切岸跡は充分目にする事が可能ではあるが、郭内部はもちろん、その斜面に至るまでは蔓延る低草木によって移動もし難く、とても踏み入る事の出来ない状況となっている。反面先に触れた西出城(高森神社)の方は、現状神社敷地として整備が行き届いているので見学し易いが、近世における地形改変までは知る術もないので、当時の形態はほぼ見学者の想像に委ねられるとは思われる。取り合えず郭転用地であるものとは窺えるが、個人的に見る限りでは縄張り形態は当時のままとも思われ、整地されてはいるが、壇状になった社殿の建つ郭壁、あるいはその背後を形成する高い切岸などは、充分その当時のままの切岸と見て良いものとは思えたのである。

11koguti_karaboridou

空堀道(現状山道)

13_dan_heki 山上主郭と帯郭の切岸

15_sanjyou_kaku 山上主郭の現状

20_sanjyoukaku_horikiri_1 堀切

菊谷城へは「あゆみが丘学園」を目印として目指せば良いが、概念図を参考にすれば難なく丘陵上までは辿り着けるだろう(道路沿いからは5分程度)。ただ此方は砦の域は出ない非常に小規模な山城であり、見応えのある遺構は皆無に近く、僅かにかつて箱堀であったかの様な地形が、山上郭で目に留まるだけと思って頂ければ良いだろう。ただし踏破確認した範囲は、ある程度藪漕ぎもなく移動可能であった山上郭周辺だけに限られるので、本来の城跡全体像までは判らないのが現状でもある。

1_3 菊谷城跡概念図

Kikutani 入山口

Kikutani_hakobori 山上郭の箱堀

この二城を個人的に評価すれば、延利城を含めた延利地区の山城巡りの一環として訪れるのであれば、充分充実した城跡巡りとなる様な気はするが、単独の訪問とするのであれば、掲載記事に少しでも興味を持たれた方だけに限られて来るような気がしないでもない、それだけお薦め出来る状態にないのが現状なのではあるが、ただし冬枯れ後の訪問には僅かではあるが期待して良いのかも知れない、、、、?

« 延利城跡(京都府京丹後市) | トップページ | 連郭式山城の王道を行く城跡 市場城跡(兵庫県豊岡市) »

京都(丹後地方)の山城」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1070646/37151758

この記事へのトラックバック一覧です: 菊谷城/高森城跡(京都府京丹後市):

« 延利城跡(京都府京丹後市) | トップページ | 連郭式山城の王道を行く城跡 市場城跡(兵庫県豊岡市) »

無料ブログはココログ